一歩一歩近づいて行けば、さっきは気づかなかった匂いを感じる。
優しいお出汁の香り。おでんみたいな、ホッとする香り。これを嗅いでしまっては、もう後戻りできない。

人一人がやっと通れそうな路地裏を抜け、その光景に驚かされる。

「わっ!」

赤提灯はひとつじゃない。狭い路地の左右に、ずらりと居酒屋やバーが並んでいる。
駅前繁華街の真裏に、こんなエモい飲み屋街があるなんて知らなかった。

飲み屋街の入り口を飾るのは、店名を掲げたいくつもの白提灯と、古い電飾が彩る「テッペン横丁」の名。
深夜0時になんてお誂え向きな名前だろう。若輩者ながら大酒飲みな私は、胸のドキドキを抑えられない。

「あっ。」

ふと、横丁の入り口に構える居酒屋が目に止まった。最初に私が赤提灯を見つけたお店だ。
古い木造の二階建て。濃紺の暖簾には迫力ある白字で「大江山(おおえやま)」と書かれている。京都の?

メニューは出ていないし「営業中」の看板も無い。でも、磨りガラスの向こうは淡い電球色の明かりが灯ってる。
お出汁の香りは…やっぱり。このお店から漂っていた。

一見さんお断りじゃありませんように。
私はペコペコのお腹とカラカラの喉を引っ提げて、テッペン横丁初の居酒屋「大江山」に吸い込まれていった。