…しかしその場にいた誰一人、私の涙には気づかなかった。
なぜなら、私にビールを注いでいた松岡課長の頭に、誰かが“大ジョッキのビールをぶっかけた”からだ。
「え。」
一瞬で静まり返る店内。
ビールのシャワーで髪の毛をペッタンコにした課長が、訳も分からず振り返る。
「他の客の迷惑だ。頭冷やしな。」
酒田 冬至さんが、そこにいた。
空になった大ジョッキを逆さまに握り締めたまま、今までで一番恐ろしい目付きで、課長や先輩達を睨んでいたのだ。
「月見さんはお前らの酒の余興じゃねぇんだよ。」
こんなに怒ってる冬至さん、初めて見た。
状況が飲み込めなかった課長の脳内処理がやっと追いついてくると、課長は酒とは違う意味で顔を真っ赤にして怒鳴った。
「オイ月見!!
このゴロツキはお前の知り合いか!!
何してる、早く警察呼べ!!」
「…えっ?」
今度は私の処理が追いつかなくなる番だ。
ゴロツキ?
今この人、冬至さんのことを言ったの?
ゴロツキって確か、やくざ者とか、犯罪者とかいう意味だったよね。
感情よりも頭よりも先に体が動くってこういうことか。
私は、既にビールまみれの課長の顔に、手にしていたなみなみのビールをぶっかけていたのだ。
いわゆる、追いビールというやつ。
行動の次は、言葉が溢れ出る。
「…そうやって…あんた達、先輩のことも壊したんでしょう。」
私がこれまで、お酒の力と笑顔の仮面で封じ込めてきた本音は、
「…私のことも、オモチャみたいに何度も何度も傷つけて…、」
一度紐が解けたら、もう止まらない。
「私の大好きな人のことまで傷付けないで!!
…この、モラハラ野郎!!」