土曜日の夜。
あと5分で日付が変わるから、もうほとんど日曜日。

私の足は社内プレゼンを終えた後、真っ直ぐ家に……は帰らなかった。
その足は歩き慣れた繁華街を少し進み、脇の路地裏に入り込む。

白提灯とネオンが照らす「テッペン横丁」の文字を見上げて、私は大きな溜め息を吐いていた。

「………はあぁ………。」

体が重い。脚と頭が痛い。フラフラのくたくただ。
エナジードリンクでお腹一杯で、食欲も酒欲もちっとも湧かない。
それならなぜ、このあやしい飲み屋街へやって来たのかって…


「ーーー月見さん、大丈夫?」

すぐ後ろから、低めの声に訊ねられた。
ぼんやりとした目で後ろを見ると、そこには、一週間ぶりの冬至さんが立っていた。

10kgの米袋を小脇に抱えて平然としている。頭に巻いた手拭いもいつものままだ。

「…顔色、あんま良くないな。
何か食わしてやるよ、入りな。」

心配そうに言いながら、冬至さんはその大きな手の平を、私のおでこにそっと乗せた。
思わずヒャッと声が出てしまう。

でも、冬至さんの手は湯たんぽみたいに温かくて、恥ずかしさと同じくらいの安心感を得ることができた。

「…あ、いえ、食欲無くて…。
すみません、今日はお客さんじゃないんです……。」

「え?」

冬至さんは困ってることだろう。
食べる気も飲む気も無いなら、なぜ来たの?って思ってることだろう。

…そんなの、理由は分かりきってる。
提灯とネオンが行く手を惑わせるこのテッペン横丁で、ただ一人冬至さんだけが、疲れ切った私の味方でいてくれる。

日々の憂鬱も鬱憤も、沈みきった気持ちも、この鬼のお兄さんのそばにいると不思議と安らぐ。

この感覚は、きっと…ーーー。