「…美郷(みさと)、しばらく見ない間にまたやつれた?」

凛花にハッキリそう言われてしまい、私は素直に傷ついた。実際「がーん」と口に出してしまうほどだ。

ある日曜日。
私は約8ヶ月ぶりに、大学時代からの友人である凛花とランチに来ていた。
凛花がSNSで見つけたという表参道のカフェ。クラブハウスサンドとミルクティーが絶品だと聞いて、私は二つ返事で了承した。

いつも土日は家で泥のように寝るんだけど、美味しいご飯のためなら。そして、こんな私に定期的に声を掛けてくれる凛花のためなら。

「…え、ちゃんと隠せてなかった?
ショック…。」

カバー力もお値段もそこそこ高いファンデなのに…。
会社の人達ならこれで誤魔化せているんだけど、凛花には分かってしまうみたい。

「分かるよ…。前会った時より顔痩せてるし、クマもカバーしきれてないよ?
美郷、1年目の時も忙しい忙しい言ってたけど、今も相変わらず?」

「…んー。正直、今の方が忙しいかな。」

なぜか気まずい思いになって視線を逸らすと、すぐに凛花から「なにそれ!?」という小さな叫び声が飛んで来た。

「大手でもあるまいし、2年目なんてまだ重要な仕事任せる時期じゃないでしょ?
例の教育係の先輩はどうしたの?」

「…あ。
あの先輩はもう付いてなくて。
課も変わったから、今は上司や他の先輩に色々教えてもらってるよ。
皆忙しいから、私には早く一人前になってほしいと思うんだ!」

馬車馬のごとく使われる時はままあるけど、皆さん根は良い人達だ。
社会人ってきっとこういうもの。多少荒波に揉まれた方が、仕事終わりに飲むお酒が美味しくなるものだ。

「…美郷、本当にそれだけ?
その上司や先輩達から、嫌なこと言われたりされたりしてない?」

でも、凛花は不安そうな目をやめなかった。
内心ドキリとしながらも、私は反射的に「ナイナイ!」と笑って見せる。

「私メンタルとお酒だけは強いの知ってるでしょ?
むしろ飲み会でイジってもらってるよ!
喋るのも好きだし、営業職って私に合ってるのかも。」

小さい頃から人と話すのが好きで、“人のためになる仕事をする”のが将来の夢だった。
大学時代、多くの人に情報を伝えられる広告業界に興味を持って、就活を経て、今はその仕事に携われている。

「…確かに忙しくて大変な時もあるけど、でも企画が通った時とか、お客さんにお礼の電話貰った時はすごく嬉しいの!
会社の人達は経験豊富だし、学べることがたくさんあるんだよ!」

私の夢は叶ったはず。
だから今、とても充実している…はずなのだ。

「凛花が心配するようなことは何も無いよ。
私はポジティブが取り柄だから、ちょっとやそっとじゃ負けないの。」


私の答えを聞いた凛花は何かを言いたそうに口を開き、かと思えば、唇を引き結んでムグムグ動かす。

「……私は、美郷自身が今の自分を好きなら、それでいいと思うけどさ。
…でも、一度よく考えてみてほしいかな。」

「…え?り、凛花?
なんでちょっと悲しそうなの?」

「ううん、別に。一人の友達の独り言として、聞き捨ててくれていいよ。」

会話が一区切りついたころ、カフェ自慢のクラブハウスサンドのセットが運ばれてきた。
広辞苑くらいの厚さがありそうなボリューム満点のサンドイッチに、たちまち二人で大盛り上がり。

本格的な七面鳥のお肉はジューシーなのに、甘さ控えめのミルクティーが不思議と合ってしまう。

美味しいランチをお供に、凛花と大学時代の話に花を咲かせながらも、私は頭の片隅で拭い去れない疑問を育てていた。


ーーー私、今の仕事してる自分のこと、好きなのかな…?