笹団子とたけのこ汁で元気をチャージした虎ノ門さんは、竹林を抜ける風のようなスピードで大江山を後にした。

「表の繁華街のホストクラブか…。」

ホストはハマると危険だから来店はしないけど、今後仕事帰りにバッタリ出会すかも。それはほんの少しだけ、私の楽しみになった。

「騒がしくてごめんな、月見さん。
あんまり失礼なことしないよう言っとくから。」

「とんでもない!楽しかったですよ!
虎ノ門さん、最後まで私のこと蟒蛇だと思ってましたね。なんか光栄です。」

「そう言えちまう月見さんも、立派なあやしいひとだな。」

冬至さんに冗談っぽく言われると、案外「あやしいひと」呼ばわりされるのも悪くないかも…という気になった。

夜の住人に。冬至さん達と同じ存在になるのは、それはそれで楽しそうだ。


「虎ノ門さん、新潟出身なの気づいた?」

空いたお皿を片付けながら、冬至さんが言った。

「あぁ、はい!
笹団子とたけのこ汁で、何となく。」

つくづく、このお店はどんな料理でも出てくるんだなぁと感心する。
人間のお店ならこうはいかない。あやしいひと…妖怪が営むお店ならではだろうか。

「ふふ。郷愁を誘われたら虎ノ門さん、故郷が恋しくなっちゃいそうですね。」


「地元の竹林はもう開発されて無くなって、何年も前に上京してきたんだよ、あのひと。」


「え。」

私の何の気無しの発言は、とても無神経なものだったみたいだ。
酔ってる場合じゃない。私は膝に手を置いて、その場で深く頭を下げた。

「…ごめんなさい。知りませんでした…。」

「いいや。よくあることだから、気にしなくていいと思うよ。
でも、見知らぬ土地に流れ着いても、ああやって自分らしくいられる居場所を見つけてるんだから偉いもんだね。あのひとは。」

冬至さんの穏やかなはずのその微笑みは、今はちょっとだけ寂しそうに見えた。


「月見さんは?」

そんな冬至さんの目が、私を捉える。

「月見さんの居場所は、ちゃんとある?」

「…え…。」

冬至さんが求めている答えは、私にも“自分らしくいられる”環境があるのかってこと。
私の、居場所?

「私は……ど、どうでしょう…。
まだ探してる途中、かもしれないです…。

今は仕事が忙しいけど、一人暮らしにもやっと慣れてきたから、趣味とか、…彼氏とか、新しく見つけたいなぁとは思ってます…。」

一見前向きな返答だけど、その語尾は情けなく消え入ってしまう。カウンターテーブルの木目を数えてしまう。
お酒が回ってるせいだろうか。私は虎ノ門さんみたいな、明瞭な答えを出すことができなかった。


「…んじゃあ見つかるまで、月見さんの仮の居場所は大江山(ウチ)ってことにしな。」

「!」

冬至さんの提案に、私は思わず顔を上げた。

「…い、いいんですか?」

「いいも何も、ここはそういう場所だから。
俺も、月見さんが美味そうに俺の飯を食ってるところ、見てたいからさ。」

「!!」

顔がにやけそうになるのをグッと堪える。

ダメよ美郷。冬至さんの発言はあくまで“お客さんとして来てね”って意味なんだから。変な期待しちゃダメだ。

「…あ、でも次からはあの、食べた分はきちんとお金払いますから…!」

「そうかい。律儀にありがとう。」

「……だから、また来ていいですか…?」

「ウン。いつでもおいで。」

あぁ…ハマっていく。抜け出したくない。
美味しいご飯とよく冷えたお酒と、額から角が生えてる店主さんが、私の何よりの癒しとなってしまった。