街の大通りの途中の、少し小さめの木造の丸太小屋のような建物。それが魔法屋だった。
中に足を踏み入れるとかなり薄暗くて、本棚が整然と並んでいる。
中の一段ごとに一冊、分厚い本が置かれている。
正直場所取り過ぎと思わなくも無かったけれど、この一冊一冊が何かの魔法の本なのだろう。
こうして置いていれば無くなったらすぐ気づくという利点はある。
魔法書が一冊でもかなり高価なものなのであればそれにも納得はいく。
店の奥には長机が一つ。
そこに紫のフードを被り、眼鏡を掛けたいかにもおとぎ話に出てくる魔法使いといった風なお婆さんが居眠りをしていた。おいおい無用心だなおい。

「あの~……すみませ~ん」

私が声を掛けると船を漕いでいたおばあさんの動きがひたと止まり、しょぼしょぼした目が急にパチリと開いた。
失礼かとしれないけれど、それが何かのおもちゃみたいでちょっと可愛いかもと思ってしまう。

「おや……お客さんかい? また可愛らしいお嬢さんたちだねえ」

お婆さんは思いの外はっきりとした口調で話した。
もしかしたら別に眠ってはいなかったのかもしれない。
魔法使いっぽく精神を集中していたとか?
とにかくおばあさんはにこやかにこちらに微笑み手招きする。
美奈は私の横を通りすぎ、すたすたと机のところまでいくとぱちんと机を叩き身を乗り出した。

「あの、私! 光魔法をもっと覚えたくて! 何かオススメなものはありませんかっ!?」

美奈は緊張しているのかやる気に満ち溢れているのか、頬を紅潮させながら一生懸命だった。
お婆さんはそんな美奈の勢いを特に気にするでもなく少しだけつぶらな目を大きく見開くと、それも束の間。にっこりと顔をしわくちゃにして笑顔を作った。
それが余りにも優しそうで。田舎のおばあちゃんみたいだ。

「ほお、光魔法かい? うちは見たとおり小さい魔法屋でねえ。それだとあるのは三つしかないよ」

「どっ、どれですかっ!?」

「後ろのお嬢さんのすぐ隣の棚の本だよ」

そう言っておばあさんは私のいる左隣の棚を指し示す。
美奈は弾かれたように振り向きその棚の方へ小走りで駆けていく。
そんなに急ぐと転んじゃうわよ全くもう。この娘ったらこんなに慌ててすみませんねえおばあさん。と美奈の行動に母親じみた感想を抱きつつ、棚の前に来た彼女の横に並ぶ。
しかしこんな小さい魔法屋でも三つもあるのかと思った。
だって光魔法って神聖な感じがしてたくさん種類があるイメージが無かったから。
もしかしてここだけ特別に多いとか。その辺の知識は皆無なのでよく分からないけれど。

『ボクもその辺の知識は乏しいからよくわかんないや』

――ふむ。
中々に頼もしい、知り合ったばかりの相方の言葉を脳内で聞きながら、私は棚を見やる。

『悪かったね、なんにも知らなくて』

目の前には三冊の百科事典のような大きさの魔法書が置かれてあった。
それぞれ魔法名らしきものが書かれてあるけれど、古代文字らしく何と書かれているのか読めない。
ネストの村で見た魔法書もそうだった。
あとそうそう。今さらなのだけれど、この世界の文字は基本的に私たちでも読める。
というのも普通にこの世の中で使われている文字は日本語なのだ。
いや、この世界に日本は無いからダルシ語?
これは私たちの世界とほぼ同じだと思われる。
私は漢字にそこまで詳しくないからもしかしたら細かい部分は違うかもしれないけれど、この店の看板も『魔法屋』って書かれてあった。
なのでこの世界で今のところ会話や文字で苦労したことはほとんどない。
というか読めない文字は今のところ、この魔法書に書かれている古代文字くらいだ。
でもこれはこちらの世界の人たちも基本的には読めないらしい。
ある程度古代文字に精通していれば読めるみたいなのだけれど、一般的ではないのだとか。
その知識を私は別に得ようとは思わなかった。
だって今のところここのような魔法書くらいでしか目にしない文字をわざわざ解読するための知識を得るとかめんどくさいし、非効率だと思うのだ。
それならばやっぱりお金の価値とか、魔物や魔族に対する知識とか、世間の一般常識みたいな知識を得る方が遥かに有意義だし優先順位が高い。
お陰でさっきも魔石の換金の時に利益を得ることが出来たわけだし私ってエライ!
そうこうしている内に美奈が魔法書を両手に抱えて戻ってきた。
小走りで駆けてくる美奈は、初めてのおつかいを終えた子どもみたいで。何だかとっても嬉しそうで、思わずよしよしいーこいーこしたくなった。