☆
制服は着崩したりはしないけど、ブラウスは第一ボタンだけ外す。髪の毛は適度な長さに切り揃え、ワックスは使うけど染めたりはしない。眉毛は整えるけど派手な化粧はせず、テストでは中の上を保ち続ける。
そう、派手すぎても地味すぎても良くない。派手すぎると目立つグループの女子はつるむことを強要するし、地味すぎるとからかわれる対象となってしまう。
いつもそんなことを考えながら日々を後ろ向きに進む奈都にとって、
「……星澤さん。どうしてついてくるんですか……」
「さっきも言ったでしょ? 運命の、」
「あー、やっぱ言わなくていいです」
こんな人目を引く対象と一緒にいることは罰ゲームに等しかった。大きく溜息を吐きつつ足早に歩を進めていると、
「ねえ奈都ちゃん、わたしの家においでよ。今日、誰もいないんだ」
息をするように自然にそう言って、麗は奈都の手を握った。その台詞と彼女の顔の近さが相まって、奈都は反論の声を出す前に赤面して動けなくなってしまった。
――いや、駄目だ惑わされるな。
目眩がしそうになるところをぐっと堪えて、彼女を睨みつけた。
阿呆か。こんな軽い言葉に流されて騙されているようでは、何か目論見があると予想される彼女の思うツボではないか。
奈都は深呼吸し、麗の手を軽く握り返した。
決して彼女の誘いに乗ったわけではない。相手の手に触れることが、奈都の“能力”を発揮するための必要条件だからである。
指先から脳味噌まで神経が通っていることを確認。
そのパイプを通して――能力を発動させた。
「教えてください。あなたは私を口説くことで、何を企んでいるのですか?」
先程までの問いかけとは違い、奈都はズルをして麗の本心を聞いた。これで間違いなく彼女の思考が読み取れる……そう思ったのだが、奈都の意に反して、二人の間には沈黙が流れるだけだった。
奈都は確かに能力を使ったはずなのに、何も読み取れなかった。麗はただ優雅で柔からい微笑を浮かべているだけだ。
「……なんで?」
奈都の能力は相手が人間であれば必ず発動する能力だが、麗にはまるで効果がないようだ。
焦りというのは人を単純な思考回路にさせる。奈都はなぜか「効果がないなら彼女は人間ではない」と思い込んでしまい、安心するためだろうか、自分の推測を正しいと証明するための行動に移さずにはいられなかった。
手を握っただけでは、脈拍の確認はできなかった。もっと明確に知るためには……!
気がつけば、奈都の右手は麗の左胸をしっかりと握っていた。
「う……わああああああ! ご、ごめんなさい!」
布越しでもわかる柔らかい膨らみを確認した奈都はようやく我に返り、瞬時に青褪めた。女性の胸を真正面から触ってしまうなんて、なんて馬鹿なことをしてしまったんだ。同性だとしてもアウトすぎるだろと反省しても後の祭りだ。
おそるおそる麗に視線を送ると、涙目の奈都とは対照的に彼女は平然としているように見えた。だが内心はどう思っているかわからない。軽蔑される覚悟で麗の言葉を待っていると、
「大丈夫。作動スイッチはここじゃないから、問題ないよ?」
麗は微笑みながら、奈都の仮定を証明するかのような発言をした。
「も、問題ないって、それだと……」
冷静に観察してみると、彼女は呼吸をしていないような気がする。
あまりにも安易な結論だとは思うが、奈都は聞かずにはいられなかった。
「……星澤さん……あなたは、ロボットなんですか?」
「……あ……その、わたしは……」
彼女は目を泳がせ明らかな狼狽を見せた後、急に動かなくなった。
驚いて近づいてみると、彼女の左目の瞳孔は数字と英語が目まぐるしく浮かんでは消えていた。おそらく、イレギュラーに慣れていないのだろう。現在麗の脳内コンピューターは対策方法について忙しなく稼動し、対応方法を模索中といったところか。
奈都は麗の顔を両手で掴み、彼女の瞳の中に潜む『誰か』に、可能な限りの低い声で脅しをかけた。
「何を企んでいるのか言わないと死にますよ。この人じゃなくて、私が。暴走したロボットに襲われたと遺書を書いてからね」
わざとらしい倒置法を用いた脅しの後、一際大きな機械音を鳴らして麗は口を開いた。
「待て、早まるな。陰気な顔したお前が死んだら、死化粧をする奴が大変だろう?」
麗の声帯を使い、奈都を不快にさせる最低最悪の説得を仕掛けてきたのは、彼女の発明者を名乗る人間だった。
制服は着崩したりはしないけど、ブラウスは第一ボタンだけ外す。髪の毛は適度な長さに切り揃え、ワックスは使うけど染めたりはしない。眉毛は整えるけど派手な化粧はせず、テストでは中の上を保ち続ける。
そう、派手すぎても地味すぎても良くない。派手すぎると目立つグループの女子はつるむことを強要するし、地味すぎるとからかわれる対象となってしまう。
いつもそんなことを考えながら日々を後ろ向きに進む奈都にとって、
「……星澤さん。どうしてついてくるんですか……」
「さっきも言ったでしょ? 運命の、」
「あー、やっぱ言わなくていいです」
こんな人目を引く対象と一緒にいることは罰ゲームに等しかった。大きく溜息を吐きつつ足早に歩を進めていると、
「ねえ奈都ちゃん、わたしの家においでよ。今日、誰もいないんだ」
息をするように自然にそう言って、麗は奈都の手を握った。その台詞と彼女の顔の近さが相まって、奈都は反論の声を出す前に赤面して動けなくなってしまった。
――いや、駄目だ惑わされるな。
目眩がしそうになるところをぐっと堪えて、彼女を睨みつけた。
阿呆か。こんな軽い言葉に流されて騙されているようでは、何か目論見があると予想される彼女の思うツボではないか。
奈都は深呼吸し、麗の手を軽く握り返した。
決して彼女の誘いに乗ったわけではない。相手の手に触れることが、奈都の“能力”を発揮するための必要条件だからである。
指先から脳味噌まで神経が通っていることを確認。
そのパイプを通して――能力を発動させた。
「教えてください。あなたは私を口説くことで、何を企んでいるのですか?」
先程までの問いかけとは違い、奈都はズルをして麗の本心を聞いた。これで間違いなく彼女の思考が読み取れる……そう思ったのだが、奈都の意に反して、二人の間には沈黙が流れるだけだった。
奈都は確かに能力を使ったはずなのに、何も読み取れなかった。麗はただ優雅で柔からい微笑を浮かべているだけだ。
「……なんで?」
奈都の能力は相手が人間であれば必ず発動する能力だが、麗にはまるで効果がないようだ。
焦りというのは人を単純な思考回路にさせる。奈都はなぜか「効果がないなら彼女は人間ではない」と思い込んでしまい、安心するためだろうか、自分の推測を正しいと証明するための行動に移さずにはいられなかった。
手を握っただけでは、脈拍の確認はできなかった。もっと明確に知るためには……!
気がつけば、奈都の右手は麗の左胸をしっかりと握っていた。
「う……わああああああ! ご、ごめんなさい!」
布越しでもわかる柔らかい膨らみを確認した奈都はようやく我に返り、瞬時に青褪めた。女性の胸を真正面から触ってしまうなんて、なんて馬鹿なことをしてしまったんだ。同性だとしてもアウトすぎるだろと反省しても後の祭りだ。
おそるおそる麗に視線を送ると、涙目の奈都とは対照的に彼女は平然としているように見えた。だが内心はどう思っているかわからない。軽蔑される覚悟で麗の言葉を待っていると、
「大丈夫。作動スイッチはここじゃないから、問題ないよ?」
麗は微笑みながら、奈都の仮定を証明するかのような発言をした。
「も、問題ないって、それだと……」
冷静に観察してみると、彼女は呼吸をしていないような気がする。
あまりにも安易な結論だとは思うが、奈都は聞かずにはいられなかった。
「……星澤さん……あなたは、ロボットなんですか?」
「……あ……その、わたしは……」
彼女は目を泳がせ明らかな狼狽を見せた後、急に動かなくなった。
驚いて近づいてみると、彼女の左目の瞳孔は数字と英語が目まぐるしく浮かんでは消えていた。おそらく、イレギュラーに慣れていないのだろう。現在麗の脳内コンピューターは対策方法について忙しなく稼動し、対応方法を模索中といったところか。
奈都は麗の顔を両手で掴み、彼女の瞳の中に潜む『誰か』に、可能な限りの低い声で脅しをかけた。
「何を企んでいるのか言わないと死にますよ。この人じゃなくて、私が。暴走したロボットに襲われたと遺書を書いてからね」
わざとらしい倒置法を用いた脅しの後、一際大きな機械音を鳴らして麗は口を開いた。
「待て、早まるな。陰気な顔したお前が死んだら、死化粧をする奴が大変だろう?」
麗の声帯を使い、奈都を不快にさせる最低最悪の説得を仕掛けてきたのは、彼女の発明者を名乗る人間だった。