☆
麗が壊れてしまってから一ヶ月。
その間には、麗が予言した通りのことが起こっていた。
「ところで新条、髪の長い女と短い女、どちらが好みだ? あたしは腰まである長い髪が好きだ。長髪は手入れが大変だからあそこまで伸ばすのは本当に難しい。見かけよりも彼女たちの根性と情熱に敬意を抱くことが、惹かれる理由なのだろうな」
「長くても短くても、似合っていればどっちでもいいけど……あ、でも金髪は嫌かも」
「あたしに喧嘩を売るとはね。帰ったら加入している保険の内容を確認しておくといい」
ミディアムの金髪を靡かせる白衣の変人が、奈都の側にいるようになったのだ。
下校時間に合わせて待ち伏せする里莉に毎日「暇人」と悪態をつきつつも、今や一人で帰る方が落ち着かないなんて彼女にはとても言えない。今日もべらべらと口を動かす、寡黙とは無縁の科学者と肩を並べて歩いていた。
里莉は麗が壊れたことについて特に語ることはなかったが、麗を直すつもりはないということだけは明確に口にした。
『失敗を元に次に活かしていくのが科学者であって、過去に縋るのは愚者のやることだ。いちいち感傷していては、とても科学者とは呼べないさ』
なんて言っていたが、里莉の言葉はいつだって嘘だらけだ。もしかしたら、そのうちバージョンアップした麗と会える日が来るかもしれない。
麗に抱いた想いや一緒に過ごした時間、別れの苦しさは、奈都にとっては人生を変えるほどの大事件だった。それなのに、もう少し大人になってから振り返ったときには、今の奈都にとっては考えられないが、甘酸っぱくてほろ苦い思い出に変わっているのだろう。
小さく息を吐いて、隣を歩く里莉を見つめる。
もし運命の神様が存在するならば、奈都には聞いてみたいことがあった。
――あなたが人間の運命を決定しているのであれば、それに足掻こうとしている人間の努力など、無駄なものでしかないのですか? 受け入れて適当に流されて生きていた方が、効率的ですか?
しかし運命の神様は答えをくれず、奈都の前には他人の運命を変えようと奮起する変人と、ロボットしか現れなかった。それでも彼女たちとの出会いは奈都に大きな影響を与え、かけがえのない存在となったのだ。
結局、自分の気持ちも未来のこともわからないことだらけの奈都が運命論を語るなど、千年は早かったのだ。運命論という考えは昔からずっと存在するのに、今もその考えが正しいのか証明されていないのであれば、奈都が一生考えたところで答えなんて出せないのだろう。
それでも――あのとき抱いた想いは、思い出したときに必ず胸を温かくしてくれる。それで十分だと思った。
妙に晴れ晴れとした気持ちで空を見上げる。肌を劈く如月の寒気は容赦なく奈都の頬を撫で、赤くなっていると予想される耳朶には冬の夜独特の静かさと北風の音が届けられた。
その風の中で、麗が最期に耳打ちした美しい声が聞こえた気がした。
『この言葉を言うのは二回目になるけど……きっと、嘘にはならないと思う。君は、マスターを好きになるよ』
寒さから奈都と同様に耳を真っ赤にして、機関車の如く白い息を生産し続ける里莉を横目に見つつ、奈都は先のわからない未来に思いを馳せる。
「……ねえ有栖川。麗さんがいなくなって、本当は寂しい?」
「……何を見当違いなことを言っている? 科学者として、あたしは寂しいとは思っていない。賭けてもいいぞ」
また嘘をついていると思うのは、勘違いではないだろう。
「じゃあ私も賭けようか? ……近いうちに、能力を使わずに有栖川の本心を読んでみせるよ」
奈都の挑発を受けた里莉は、自信たっぷりに笑った。
「ほう、やってみろ。その前にあたしが新条の能力を無効化させて、答え合わせをできなくさせてやる」
運命の神様なんていてもいなくても、人は何かを考え、誰かを想って日々を生きていく。
そんな平凡に見える毎日の軌跡こそ幸せと呼ぶのかもしれないと考えながら、奈都は金髪の変人と共に帰路を歩いた。(了)
麗が壊れてしまってから一ヶ月。
その間には、麗が予言した通りのことが起こっていた。
「ところで新条、髪の長い女と短い女、どちらが好みだ? あたしは腰まである長い髪が好きだ。長髪は手入れが大変だからあそこまで伸ばすのは本当に難しい。見かけよりも彼女たちの根性と情熱に敬意を抱くことが、惹かれる理由なのだろうな」
「長くても短くても、似合っていればどっちでもいいけど……あ、でも金髪は嫌かも」
「あたしに喧嘩を売るとはね。帰ったら加入している保険の内容を確認しておくといい」
ミディアムの金髪を靡かせる白衣の変人が、奈都の側にいるようになったのだ。
下校時間に合わせて待ち伏せする里莉に毎日「暇人」と悪態をつきつつも、今や一人で帰る方が落ち着かないなんて彼女にはとても言えない。今日もべらべらと口を動かす、寡黙とは無縁の科学者と肩を並べて歩いていた。
里莉は麗が壊れたことについて特に語ることはなかったが、麗を直すつもりはないということだけは明確に口にした。
『失敗を元に次に活かしていくのが科学者であって、過去に縋るのは愚者のやることだ。いちいち感傷していては、とても科学者とは呼べないさ』
なんて言っていたが、里莉の言葉はいつだって嘘だらけだ。もしかしたら、そのうちバージョンアップした麗と会える日が来るかもしれない。
麗に抱いた想いや一緒に過ごした時間、別れの苦しさは、奈都にとっては人生を変えるほどの大事件だった。それなのに、もう少し大人になってから振り返ったときには、今の奈都にとっては考えられないが、甘酸っぱくてほろ苦い思い出に変わっているのだろう。
小さく息を吐いて、隣を歩く里莉を見つめる。
もし運命の神様が存在するならば、奈都には聞いてみたいことがあった。
――あなたが人間の運命を決定しているのであれば、それに足掻こうとしている人間の努力など、無駄なものでしかないのですか? 受け入れて適当に流されて生きていた方が、効率的ですか?
しかし運命の神様は答えをくれず、奈都の前には他人の運命を変えようと奮起する変人と、ロボットしか現れなかった。それでも彼女たちとの出会いは奈都に大きな影響を与え、かけがえのない存在となったのだ。
結局、自分の気持ちも未来のこともわからないことだらけの奈都が運命論を語るなど、千年は早かったのだ。運命論という考えは昔からずっと存在するのに、今もその考えが正しいのか証明されていないのであれば、奈都が一生考えたところで答えなんて出せないのだろう。
それでも――あのとき抱いた想いは、思い出したときに必ず胸を温かくしてくれる。それで十分だと思った。
妙に晴れ晴れとした気持ちで空を見上げる。肌を劈く如月の寒気は容赦なく奈都の頬を撫で、赤くなっていると予想される耳朶には冬の夜独特の静かさと北風の音が届けられた。
その風の中で、麗が最期に耳打ちした美しい声が聞こえた気がした。
『この言葉を言うのは二回目になるけど……きっと、嘘にはならないと思う。君は、マスターを好きになるよ』
寒さから奈都と同様に耳を真っ赤にして、機関車の如く白い息を生産し続ける里莉を横目に見つつ、奈都は先のわからない未来に思いを馳せる。
「……ねえ有栖川。麗さんがいなくなって、本当は寂しい?」
「……何を見当違いなことを言っている? 科学者として、あたしは寂しいとは思っていない。賭けてもいいぞ」
また嘘をついていると思うのは、勘違いではないだろう。
「じゃあ私も賭けようか? ……近いうちに、能力を使わずに有栖川の本心を読んでみせるよ」
奈都の挑発を受けた里莉は、自信たっぷりに笑った。
「ほう、やってみろ。その前にあたしが新条の能力を無効化させて、答え合わせをできなくさせてやる」
運命の神様なんていてもいなくても、人は何かを考え、誰かを想って日々を生きていく。
そんな平凡に見える毎日の軌跡こそ幸せと呼ぶのかもしれないと考えながら、奈都は金髪の変人と共に帰路を歩いた。(了)