誰かが昔、運命とは神によって決められていると定義した。
　運命論と呼ばれるその考えを信じてみるとして、もし神様が本当にいるならば。
　新条奈都には、聞いてみたいことがある。


　それは不幸にも放課後のホームルームが終了した直後の出来事だったため、一瞬にしてクラスメイトたちの注目は奈都と彼女に集まった。

「ねえ、結婚しよ？」

　結婚。高校生二年生の奈都にとって、それは遠い未来の話である。

　だから今、彼女でも友達でもない女子――というか、同性から突然プロポーズされるなんて想像もしていなかった奈都は、口をあんぐりと開けたまま硬直してしまった。

　驚きのあまり脳が何かの化学反応を起こしたのか、逆に冷静になりつつある頭で、改めて目の前のプロポーズをかましてくれた女子を確認してみた。

　間違いない。彼女はこの街での有名人、星澤麗だ。
　一ヶ月前までイギリスに住んでいたらしい彼女の存在を、奈都は都市伝説だと思っていた。

　というのも、麗は芸能人全員の携帯番号を知っているとか、男が麗と五秒目を合わせると石になるとか、麗が座った電車の座席には花が咲くとか、噂される内容が信憑性皆無のものばかりだったからだ。

　都市伝説レベルの噂が作り上げられた理由は、実際に彼女を見て理解した。
　星澤麗は、とても美しかった。麗は小顔で背が高く細長い手足を持っていて、全身のバランスが感心してしまう程しなやかに完成されていた。

　二重の幅や唇の厚さ、耳の形や睫毛の長さまで何もかもが計算されていて、こんな人間がいるのと疑ってしまうくらい造形じみた美しさだ。語彙力に乏しい奈都が持てる言葉のすべてを使って表現しても、どうしても陳腐なお世辞のようになってしまう。
　そんな麗のプロポーズを、鵜呑みにする方がどうかしているというものだ。

「……えーと、人違いではないですか？　私にはあなたにそういったことを言われる心当たりがないのですが……」

「そんなワケないよ、新条奈都ちゃん。だってわたしは、君と一緒になるために生まれてきたんだもん」

　真面目な顔で言われたとしても、信用できるはずもない。

「いろいろ聞きたいことがあるのですが……まず、どうして私の名前を知っているんですか？」

「運命の人だからだよ？」

「……どうしてうちの生徒じゃないのに、ここにいるんですか？」

「運命の糸が引き寄せあったんじゃないかな？」

　麗の答えになっていない回答に顔を引きつらせながら、クラスメイトたちの奇異の視線がより一層奈都に集まっていることに気づいた。麗は注目されることに慣れているだろうが、友達の一人もおらず何年も一人で昼飯を食べている奈都にとって、この状況下は恥ずかしくて耐えられなかった。

「と、とにかく私をからかうのはやめてください！　失礼します！」

　そう言って強引に彼女を退け、奈都は教室を後にした。