「綾目」

 なにも見えない中、力強く抱き込まれる。すっかり馴れ親しんだ彼の香りを感じて、恐怖心が薄らいでいく。

「佳月、様」
「綾目。大丈夫か?」
「は、はい」

 室内を煌々と照らす灯りが消えたのを瞼の裏に感じながら、力の限り佳月様に抱き着く。

「希道。お前が綾目にしたことは、到底許せるものではない」
「ちっ。さすが佳月と言うべきか。強力な結解を張っていたんだがな」

 見つかってしまったにもかかわらず、希道様に悪びれる様子はない。

 恐怖に私の体が震えているのに気づいたのか、佳月様がさらに強く抱き込んでくる。

「くっ……」

 小さく呻いたのは、希道様だ。恐る恐る目を開けて、佳月様にしがみついたままそっと振り返った。

 希道様の体は、両腕ごと銀の光の輪に拘束されていた。その締めつけがきつくなっているのか、苦しそうに表情を歪めている。

「綾目という存在を得て、常世の力も増したということか」

 希道様が、悔しそうに吐き捨てる。

「綾目がいてくれるおかげで、私の心が守られている。精神が落ち着けば、力は一層大きくなる」

 話についていけない私に、佳月様が説明をしてくれた。

「希道。なぜこのような行動に出たのだ」

 私に対する優しい声音とは違い、冷たい口調で佳月様が問い詰める。
 私より、従順な女性はたくさんいるだろう。それにもかかわらず、希道様は初めて顔を合わせたときから標的を私に定めている。

「……そんなの、佳月、お前が気に食わないからに決まっているだろ」
「私が、か」

 佳月様も凡その予想がついていたのか、驚いた様子はない。
 
 おそらく、私個人にはそれほど興味などないのだろう。〝佳月様が囲っている〟ことに、彼はこだわっているのだ。
 
 以前イチさんが教えてくれた話によれば、希道様を取り巻く環境はずいぶん恵まれていたはず。それでも彼が佳月様に固執するのは、どんな理由があるのだろう。

「どうして、もう後のないお前が慕われるのだ。なぜ……」

 妻ではないとは言っていたが、複数の女性を囲っている人の言葉としてはなんだかおかしい。

「お前の周囲にも、仕えている者がいるだろ」
「佳月には、俺の気持ちなど一生わからない。なにもないくせに、慕われるお前にはな」

 仕えているとはいっても、その関係性はイチさんと佳月様のように信頼し合っているとは言えないのかもしれない。佳月様を守るためなら命も顧みないほどの献身ぶりは、よほどのことがなければ得られるものではない。