そんなふうにつらつらと考えていたところ、背後から衣擦れの音が聞こえてビクッと肩が揺れた。

「イチさん?」

 彼女なら、ノックもなく入ってくるのがいつものことだ。ただ、ひと言も声をかけられなかったのはらしくない。準備に忙殺されて、そのひと手間すら時間が惜しいのだろうかと思いながら、着崩れしないように首だけで背後を振り返った。

「綾目」
「希道、様?」

 予想外の人物に、慌てて体の向きを変えた。

「どうして、ここに?」

 好戦的な視線からすると、祝いの言葉を伝えに来たわけではないようだ。

「お前は俺の嫁にすると言っただろう? 迎えに来てやった」
「わ、私は、そんなこと望んでいません」

 恐怖で声が震えたが、拒絶の意はしっかり伝わったはずだ。
 危険な色を孕んだ彼の視線から逃れたくて、数歩後ずさった。

「落ち目の佳月より、俺の方がいい思いをさせてやれる」
「私は、なにも望んでいません。ただ、佳月様の傍にいたいだけなんです」

 必死で開けた彼との距離は、大きな一歩で瞬時に詰められてしまった。

「佳月、佳月と。あいつのなにがそんなにいいんだ?」

 苛立ちを隠しもしない希道様に、足が震える。

「俺のところに来るんだ、綾目」

 ぐいっと腕を引っ張られてつんのめった私を、希道様がすかさず抱きしめてくる。

「や、やだ。やめてください」

 必死に彼の胸もとを押し返すが、びくともしない。動きづらい白無垢姿では大した抵抗はできず、されるがまま腕の中に囲われてしまう。

「放してください」
「それは無理な相談だ」
「やめて」

 顎に手を添えられ、強引に顔を上げさせられる。必死で顔を背けるが、いとも簡単に彼の方に戻された。

「ここでお前と契るのも、一興か。手に入れる寸前で、俺が綾目を奪ったら、佳月はさぞ悔しがるだろうなあ。いや。それとも、たかだか人間のひとりだ。気にもしないだろうか」

 わざと私が傷つく言葉を選んで、揺さぶりをかけてくる。

「私は、佳月様を信じていますから。お願いですから、放してください」
「まずは、その唇をいただこうか」

 私の言い分など、この人はまったく聞くつもりがないようだ。

「やっ」

 佳月様以外との口づけなど、絶対にされたくない。彼を裏切るような行為は、たとえ無理強いであっても許せない。

 けれど、小柄な私が必死に顔を背けてもがいても、体格のよい希道様に易々と抑え込まれてしまう。

「やめて。佳月様。佳月様、助けて」

 声の限り、愛しい人の名を呼ぶ。
 なりふりかまわず抵抗しているせいで、ほつれた髪がひと筋垂れる。

「やぁ。佳月様」

 声の限り彼の名を呼んでいると、不意に希道様の拘束が解けて腕を引かれた。辺りは目が眩むほどの光に照らされ、瞼をぎゅっと閉じる。