「佳月様、佳月様」
そのタイミングで、イチさんがノックもないまま戸を開けた。
「なんだ、イチ。騒々しいぞ。これからのこの部屋には、綾目が滞在することも多くなる。入る前にノックをしなさい」
さっきのような場面を目撃されたらたまらないと、首を縦に振る。
「あらあら、ごめんなさい。それでですねぇ」
相変わらず、イチさんの話は唐突だ。
「綾目様のお披露目は、一週間後に決まりましたよ」
「一週間⁉」
あまりにも急すぎないだろうか。
「私は一日でも早く、綾目を娶りたいのだが」
その気持ちは嬉しいが、早急過ぎて理解が追いつかない。
「ええ、ええ。佳月様のお気持ちはよぉくわかっておりますよ。それにですねぇ、綾目様」
すっとこちらを見つめるイチさんに、わずかに身がまえる。
「佳月様の言う通り、一分一秒でも早くお披露目をするべきなんですよ。佳月様の神社を参られるのは、綾目様がいない今、もうひとりの高齢女性だけになってしまいました」
ハッとして、佳月様に視線を向ける。
どうやら、生贄の私が姿を消して以降、あの村では再び龍神の神社を蔑ろにしているらしい。予想はついていたものの、どうしても苛立ちが抑えられない。
「あの村の人たちは、勝手が過ぎます」
手を強く握ると、佳月様が宥めるようにその甲をなでた。
「まあ、わかっていたことだな」
「そうなんです、そうなんです。その女性も、最近では体の不調や積雪でいらっしゃらない日も多くなりました」
「そんな……」
つまり、現在あの神社を訪れる者はほぼおらず、佳月様はますます危うい状態にあるのだ。
「ですから、私、少しでも早くお披露目をしたいのです。ええ、ええ。神々は昔からの習わしに少々口うるさく手ですねぇ、それらを飛ばして契ってしまえばというわけにもいかないのです。それをしてしまえば敵を作りかねないのでね。面倒ではありますが、手順を踏んでいただきますよ」
恥ずかしい気持ちばかりが先行していたが、そんなことを言っている場合ではないと気づかされる。こうしている今も、もしかして佳月様は消えてしまうのではないだろうか。
「綾目。私はまだ、しばらくは大丈夫だ」
無意識に、彼の手を強く握りしめてしまう。
「本当に?」
「ああ」
力強い返答に、ようやく力を抜く。
「それでもですねぇ、油断大敵ですよ。さあさあ、綾目様。お披露目で着ていただくお着物の用意が整いましたので、一度袖を通してみましょうね」
「はい。佳月様、ちょっと行ってきますね」
手早く食事を片づけて、イチさんに連れられるまま別の部屋に移動した。
「ほら、こちらですよ」
見せられたのは、白無垢だった。
「常世では、お披露目の際に決まった衣装はないんですよ。ええ、ええ。そもそも、お披露目自体がもう何百年ぶりですからねぇ」
「そ、そうなんですね」
彼女はなにげなく言っているが、その時間感覚にはすぐには慣れない。
「はい。それでですね、せっかくなら、現世に合わせたものを用意しようと思いまして」
ウェディングドレスに憧れる気持ちもあるが、私の父と母は和装での結婚だった。その写真はリビングの目立つ位置に飾られており、幸せの象徴そのものだった。
「イチさん、ありがとうございます。私、母と同じ白無垢を着られるなんて、嬉しいです」
「それはそれは、よかったです」
器用なイチさんは、着付けまでできてしまうよう。ただ腕を広げて立っている間に、てきぱきと着せてくれた。
「なんてお美しいんでしょう! 思った通り、よくお似合いですねぇ。お直しも必要ないようですね。ええ、ええ。本当に、当日が楽しみです」
イチさんの賛辞がくすぐったい。
「イチさん、ありがとうございます」
そのタイミングで、イチさんがノックもないまま戸を開けた。
「なんだ、イチ。騒々しいぞ。これからのこの部屋には、綾目が滞在することも多くなる。入る前にノックをしなさい」
さっきのような場面を目撃されたらたまらないと、首を縦に振る。
「あらあら、ごめんなさい。それでですねぇ」
相変わらず、イチさんの話は唐突だ。
「綾目様のお披露目は、一週間後に決まりましたよ」
「一週間⁉」
あまりにも急すぎないだろうか。
「私は一日でも早く、綾目を娶りたいのだが」
その気持ちは嬉しいが、早急過ぎて理解が追いつかない。
「ええ、ええ。佳月様のお気持ちはよぉくわかっておりますよ。それにですねぇ、綾目様」
すっとこちらを見つめるイチさんに、わずかに身がまえる。
「佳月様の言う通り、一分一秒でも早くお披露目をするべきなんですよ。佳月様の神社を参られるのは、綾目様がいない今、もうひとりの高齢女性だけになってしまいました」
ハッとして、佳月様に視線を向ける。
どうやら、生贄の私が姿を消して以降、あの村では再び龍神の神社を蔑ろにしているらしい。予想はついていたものの、どうしても苛立ちが抑えられない。
「あの村の人たちは、勝手が過ぎます」
手を強く握ると、佳月様が宥めるようにその甲をなでた。
「まあ、わかっていたことだな」
「そうなんです、そうなんです。その女性も、最近では体の不調や積雪でいらっしゃらない日も多くなりました」
「そんな……」
つまり、現在あの神社を訪れる者はほぼおらず、佳月様はますます危うい状態にあるのだ。
「ですから、私、少しでも早くお披露目をしたいのです。ええ、ええ。神々は昔からの習わしに少々口うるさく手ですねぇ、それらを飛ばして契ってしまえばというわけにもいかないのです。それをしてしまえば敵を作りかねないのでね。面倒ではありますが、手順を踏んでいただきますよ」
恥ずかしい気持ちばかりが先行していたが、そんなことを言っている場合ではないと気づかされる。こうしている今も、もしかして佳月様は消えてしまうのではないだろうか。
「綾目。私はまだ、しばらくは大丈夫だ」
無意識に、彼の手を強く握りしめてしまう。
「本当に?」
「ああ」
力強い返答に、ようやく力を抜く。
「それでもですねぇ、油断大敵ですよ。さあさあ、綾目様。お披露目で着ていただくお着物の用意が整いましたので、一度袖を通してみましょうね」
「はい。佳月様、ちょっと行ってきますね」
手早く食事を片づけて、イチさんに連れられるまま別の部屋に移動した。
「ほら、こちらですよ」
見せられたのは、白無垢だった。
「常世では、お披露目の際に決まった衣装はないんですよ。ええ、ええ。そもそも、お披露目自体がもう何百年ぶりですからねぇ」
「そ、そうなんですね」
彼女はなにげなく言っているが、その時間感覚にはすぐには慣れない。
「はい。それでですね、せっかくなら、現世に合わせたものを用意しようと思いまして」
ウェディングドレスに憧れる気持ちもあるが、私の父と母は和装での結婚だった。その写真はリビングの目立つ位置に飾られており、幸せの象徴そのものだった。
「イチさん、ありがとうございます。私、母と同じ白無垢を着られるなんて、嬉しいです」
「それはそれは、よかったです」
器用なイチさんは、着付けまでできてしまうよう。ただ腕を広げて立っている間に、てきぱきと着せてくれた。
「なんてお美しいんでしょう! 思った通り、よくお似合いですねぇ。お直しも必要ないようですね。ええ、ええ。本当に、当日が楽しみです」
イチさんの賛辞がくすぐったい。
「イチさん、ありがとうございます」