結婚が決まって以来、イチさんはなにかと忙しそうに飛び回っている。

「綾目様。申し訳ございませんが、しばらくお食事は佳月様とおふたりで食べてくださいね」

 台所で食事の準備をしていたところ、後からやってきたイチさんが言う。

「私も、できることは手伝いますよ」

 自分の事なのにすべての準備をさせるのは心苦しくて何度も声をかけているが、彼女は絶対にうなずかない。

「お優しい綾目様の気持ちは、ありがたくいただきますね。ええ、ええ。ですが、これは私の仕事です。お嫁様は、とにかく健やかにお過ごしくださいませ」
「お、およ、お嫁様⁉」

 恥ずかしくて両手を頬に当てた私を、イチさんが微笑ましそうに見てくる。

「さあさ、綾目様。佳月様がお呼びですよ」

 タイミングよく炊きあがったご飯をイチさんがよそい、お盆に乗せて私に押しつけてくる。そのまま、追い出されるようにして台所を後にした。

「――なんだか、イチさんばかりに働かせてしまって、申し訳ないです」

 佳月様とふたりで食事をしながら、直前のイチさんとのやりとりを話していた。

「あれは、趣味のようなものだ。ここで仕事を取り上げては、イチの猛抗議を受けることになる。拗ねられても面倒だ」
「ふふふ」

 真面目な顔をしてそう言う佳月様に、思わず笑ってしまう。もしかして彼は、これまで何度もそんな目に遭っているのかもしれない。

「たしかに、ここのところのイチさんは、生き生きしていますね」

 忙しそうではあるものの、いつでも彼女は楽しそうだ。

「だからここは、イチの言葉に甘えて、ふたりの仲を深める時間にさせてもらおう」
「え?」

 佳月様に請われて隣り合って食べていたが、会話に夢中ですっかり食事が止まっていた。
 そんな私の頭に手を回した彼は、そっと引き寄せて唇を重ねてくる。
 初めての口づけに、瞼を閉じるのも忘れてしまう。一度顔を離した佳月様は、固まったままの私をくすりと笑った。

「ほら、綾目。口を開けてごらん」

 呆然としながら言われた通りにすると、箸で摘まんだおかずを口に放り込まれる。慌てて咀嚼する私を、佳月様が楽しそうに見ていた。