「ですがねぇ」

 これで話はまとまったかと思いきや、イチさんが焦らすようにゆっくりと言う。

「新婚のおふたりのお邪魔はしませんよ。とくに初夜については、誰がなんと言おうとも、私、ちょっとどこかへ遊びに行ってまいりますからね。ええ、ええ。心置きなく、愛をささやき合ってくださいませね」

「イチ!」
「なっ」

 果たして今のは、彼女の気遣いなのか。それとも、佳月様への意趣返しなのか。イチさんは実に楽しそうな笑い声をあげた。

「大丈夫ですよ。綾目様のお世話は、私がさせていただきますからね。いろいろとお済みなりましたら、遠慮なくお呼びくださいね」
「はあ……。気遣いのできる眷属の存在が、私はありがたいよ」

 嘆息する佳月様の横で、もう無理だというように空いている片手で顔を覆った。

「それでは、失礼しますね。ああ、ああ。そうでした、そうでした。綾目様はお披露目の当日まですることはございませんので、存分に佳月様との仲を深めておいてくださいね」

 だめ押しにとばかりにそう言ったイチさんに、指の隙間から恨めしげな視線を向ける。彼女はそれをもろともしないで、足取り軽く部屋を後にした。

「本当に、あいつは騒々しいやつだ」

 苦笑いをしながら、佳月様がつぶやく。

「綾目」

 打って変わって、優しく私を呼びながら肩を抱き寄せた。賑やかなイチさんがいなくなると、今この部屋に佳月様とふたりきりだと強く意識させられて、鼓動が痛いほど打ちつけてきた。

「大切にする」

 恥ずかしくて顔は上げられないが、彼の胸もとに額を寄せたまま返す。

「私も、必ずあなたを幸せにします」

 絶望するほどの悲しみを上塗りできるよう、私にできるすべてで彼を大切にしていきたい。

「ありがとう」

 彼が私の髪に顔を埋めるのを感じながら、そっと瞼を閉じた。