「イチには、長い間心配をかけてきたな」

 彼女を労わるような声音で佳月様が言えば、イチさんの糸目に涙が滲む。

「ええ、ええ。それはもう、ほんっとうに心配してきたんですからね。これからは、綾目様とふたり、お幸せになってくれないと困りますから」
「ああ。だが、イチ」

 声を震わせた彼女の名前を、佳月様は場の空気に似合わず鋭く呼んだ。いったいどうしたのかと、そっと彼をうかがい見る。

「お前は、これからも私の眷属でいるように。勝手をするのは許さん」
「え?」

 どういう意味だろうか。つい声を漏らした私をチラリと見た佳月様は、つないでいた手に力を込めて再びイチさんに視線を戻した。

「だって、佳月様。ご夫婦になられるおふたりに、いつまでも私が纏わりついていてはご迷惑ではありませんか。それに、眷属である自分に眷属は必要ないと、ずっとおっしゃっていたではありませんか」

 まさかイチさんは、姿を消すつもりだったのだろうか。親切にしてくれた彼女を追い出すなんて、絶対にできない。それに、大好きな彼女には、これからもずっと一緒にいてほしい。

「イチさんの存在が、迷惑なわけがないじゃないですか。そんな悲しいことを、言わないでください」
「ですが……」

 迷いを見せるイチさんに、もどかしくなる。佳月様の幸せは、イチさんも一緒にいなければ叶わないというのに、彼女はちっともわかっていない。

「イチ。綾目の言う通りだ。私は、お前にもこれまで通りでいてほしい」

 同意するように、佳月様の隣でコクコクと首を縦に振る。

「本当に、お邪魔ではないのですか?」

 いつになく弱々しい声で、イチさんが問いかける。

「当たり前だ」

 佳月様が即座に返せば、彼女は泣き笑いの顔になった。

「私、嬉しいです。ええ、ええ。おふたりに求められて、こんな嬉しいことはありません。好きにすればいいではなく、いてほしいだなんて」

 すんっと鼻をすすった彼女に、佳月様が気まずそうな顔になる。
 以前イチさんは、助けておいて突き離すような言い方をした佳月様に対して、盛大に不満をこぼしていた。彼女に指摘されて、その言い方は親切なようでいて、その実そうではないと私も認識をあらためていた。

「すまない、イチ。あの頃は私も、まだまだ未熟だった」
「ええ、ええ。いいですよ。佳月様は、決して意地悪でそう言ったのではないとわかっていますからね。それでは、これからもよろしくお願いします」

 頭を下げるイチさんに、私の方こそと返す。隣に座る佳月様は、主らしく鷹揚にうなずいた。