「ああ、そうだな。心優しい綾目なら、理解してくれそうだ」

 自分はそんなふうに言ってもらえるような人間ではないけれど、ここで否定するのもおかしくて、佳月様の言い分を受け入れる。

「力を失っていくことに、最初は抗おうともした。だが、それでは意味がないのだ。村人らが気づかない限り、私はただ忘れられていくばかりだった。そのうち、私自身も村から目を背けるようになっていった」

 それを間近で見てきたイチさんは、きっと悔しかっただろう。

「誰にも頼られないのなら、このまま消えてなくなるのも悪くないと受け入れてきた」
「そんなの、だめです」

 ぶんぶんと首を横に振る私に、佳月様は少しだけ困った顔をした。

「綾目のその気持ちは嬉しい。イチが話したように、私が存在し続けるには、人々の信仰心が必要だ。そして、それ以外と言えば、私を慕ってくれる人間を娶ること。だが、それを綾目に強いるつもりはない」

 迷いのない口調に、ズキリと胸が痛む。
 決して、私を求めてくれているわけではないとわかっていた。でも、利用するくらいの気持ちでもいいから、欲してもらいたかった。

 ここで私が引いてしまえば、佳月様は本人の言う通り強制しないのだろう。そして、そのままひとり静かに消えていくつもりなのだ。

「私が佳月様の妻になりたいと自ら望んだら、そうしてくれますか?」
「綾目?」

「私が、佳月様にずっといてほしいと願ったら、叶えてくれますか?」

 お願いだから拒絶しないでほしい。たとえ気持ちが伴わないものだとしてもかまわないから、どうかいなくならないでと声を絞り出す。

「私の願いは、あなたが変わらずあり続けることです。もちろん、イチさんも一緒にです」

 佳月様の視線が、わずかに揺れる。彼の中にまだ迷う余地があるのなら、絶対にここで引きはしない。思いを瞳に込めながら、どうか決断をしてくれるように心の内で願い続けた。

「……はあ」

 重いため息に、不安を煽られる。今の彼は、心底弱り切った顔をしている。

「私の妻になるとは、どういう意味か理解しているか」
「も、もちろんです」

 緊張は隠せなかったが、すぐさま返事をした。

「神に嫁げば、もう二度と現世の暮らしには戻れなくなる。人間の世界でいう、離婚というのも通用しないぞ」
「そんなの、本望です」

 たとえ本当の妻として求められているわけでなくても、ずっと佳月様の傍にいられるのならそれで十分だ。そう本音で返したのに、彼は怪訝そうに見つめ返してきた。