佳月様とふたりきりになり、途端に空気が重くなる。話のきっかけを見つけられず、ひたすらうつむいているしかない。

「綾目」

 しばらくして、佳月様に呼びかけられた。その声音に苛立ちや不機嫌さはうかがえず、密かにほっとする。

「はい」

 勇気を出して、顔を上げる。佳月様の柔らかな表情にさらに安堵しながら、続く言葉を待った。

「私は、かつての下沢村の人間を愛していた。彼らは私を一身に慕い、けれども求めるばかりでない。自ら先を切り開いていく村人を見ていると、龍神として力になりと自然に思えた。そして、彼らを守る立場にいられることが幸せだった。」

 どれほど昔の話なのか。佳月様の視線は、ここではなく、はるか遠くを見つめているようだ。時折、懐かしそうに目もとを緩めてもいる。

「彼らは欲に溺れることなく、必要以上を望まない。立場は違えど、まるで私を隣人のように扱った。それが、ずいぶんと心地よかった」

 懐かしそうに、佳月様が目を細めた。

「閉鎖的な地域だったかもしれないが、困難な問題に協力し合って立ち向かう素朴な人間らだった。それが愛おしくてたまらなかったが、時代の流れと共に変わってしまった」

 感情を押し込めるように、佳月様がすっと瞼を閉じた。そこに彼の苦悩を感じて、無意識のうちに腕を伸ばし、握りしめていた佳月様の手に自信の手を重ねた。そんな私を、佳月様がチラリと見る。

「あっ、と、ごめんなさい。わ、私、つい……」

 とっさに離した手は、佳月様の少しひんやりとする手に捕まった。そのまま握り込まれて、引けなくなる。

「ありがとう、綾目」

 礼を言われるようなことはしておらず、首を横に振る。

「人々は、私の存在を次第に忘れていった。それどころか、思うようにいかないとすべて私のせいにするようになっていった」

 私が接した村人たちもまさしくそうで、苦々しい気持ちになる。いずれ彼らは、天候が改善されないのを私のせいにもしていただろう。どこかにはけ口を求めるその心情が、どうにも理解できない。

「それがどれほど悲しいことだったか、彼らにはわからないだろうな」
「わ、私は、おこがましいかもしれませんが、少しはわかるつもりです」

 ついそう口走ると、佳月様はふんわりとほほ笑んだ。