「佳月様の存在に必要なのは、村人たちの信仰心。ええ、ええ。それは強要できるものではございませんからねぇ。だから、私がどれだけがんばっても、佳月様をお守りできません」

 村人の、自発的な信仰心が必要なのだろう。彼らの姿を思い浮かべたが、とても叶いそうにないと首を小さく横に振った。

「希道様なんかは、たまたま人の多い地域の神様ですから、ご本人がいかにいい加減な性格をしていようが、古くからの神事はちゃんと継承されているのです」

 希道様が現世に対する大きな力を有しているのは、偶然にすぎないとイチさんは強調したいようだ。

「話は逸れましたが、村人の信仰以外にも、佳月様が唯一そのお姿を失わずにいられる方法があるのです」
「本当ですか⁉」

 そんなものがあるのなら、どうしてもっと早く教えてくれなかったのだろう。
 期待に前のめりになった私に、イチさんが小さく微笑んだ。

「私、嘘はつきませんよ」

 一縷の望みに、それまで感じていた嫌な焦りは霧散する。佳月様を守る手段があるのなら、そのための少々の無理くらい、私はかまわない。

「どうすればいいんですか?」

 はやる気持ちを隠さないまま、イチさんに先を促した。

「佳月様が、ご自身を慕う人間と番えばいいのです」

 堂々と宣言するように、イチさんが言う。

「番う?」

 耳なじみのない言葉に、首を傾げる。

「そうです。つまり、佳月様が人間の女性を娶ればいいのです」
「め、娶る……」

 さすがにそこまで丁寧に教えてくれれば、理解はできた。が、ではどうすればいいのかまで、頭が回らない。

「え?」

 佳月様を見れば、彼はなにかを迷っているような表情のまま顔をうつむかせている。

「ようはですね」

 イチさんのひと際明るい声に、それまでの重苦しかった空気がぱっと晴れる。すっかり見慣れた彼女の糸目がさらに細くなり、機嫌よさげに続けた。

「佳月様が、綾目様と結婚すればよろしいのです!」
「なっ」

 そんなこと、急に言われてもどうしていいのかわからない。

 そもそも私は佳月様を慕っているが、彼の方がどう思っているかはまったく見当がつかない。嫌われているとは思わないが、やはり〝神〟という存在の彼からすれば、取るに足らない人間を娶るなど、ともすると屈辱的なことではないのだろうか。