「綾目。お前はどうして、そこまで私にこだわるのだ?」

 埒が明かなくなったのか、佳月様は矛先を私に向けた。

「私は、佳月様に助けていただきました」
「助けたのはイチだが」

 言われたイチさんは、佳月様を不満そうに見る。

「実際、私を連れ出してくれたのはイチさんです。もちろん、そのことに感謝しています。ですが、ここにいてよいと許してくれたのは佳月様です。そうでなければ私は再び村に戻されて、さらに苦しい日々を過ごしていたと思います」

 あの夜、寒空の下で命を落としていたかもしれない。そうでなかったとしても、梶原家でどんな目に遭うなんて想像に容易い。

 おまけに、次の雨の季節も日照りが続けば、生贄だった私にどんな目を向けられるか考えただけでも怖くなる。よくないことはすべて他人のせいにしたがる彼らなら、きっと私に敵意を向けるに違いない。

「最初は迷惑だったかと不安でした。でも、おふたりには必要ないにもかかわらず、私のやりたいようにさせてくれて、さらに一緒に食事をとる時間も設けてくれました。自分を受け入れてもらえて、それがどんなに嬉しかったか」

 再び目頭が熱くなったが、これ以上泣かないようにぐっと目に力を込める。

「綾目は、現世に未練がないのか?」

 愛していた両親は、もういない。明確な夢を抱いていたわけでもない。成人するまでまた誰かに迷惑をかける生活が続くのならば、戻りたいとは思えない。

「強いて言えば、両親の眠るお墓が気がかりではありますが、そのほかはもう気にもなりません」

 次に私が現世へ戻るとしたら、それは佳月様の祀られた神社を参拝するためだ。

「そうか」
「佳月様、佳月様。あなた様のお気持ちも、私にはよぉくわかりますよ。ええ、ええ。あなた様とは、もうずいぶん長いこと一緒にいますからね」

 イチさんの意味深な言葉に、佳月様がわずかに顔をしかめた。

「ここは、私から話しましょうかね」

 返事をしない佳月様に、彼女は了承したと捉えたようだ。
 イチさんが私に向き直る。それにつられて、すっと背筋を伸ばした。

「綾目様」
「はい」

 畏まった彼女を前に、声が裏返りそうになる。

「龍神である佳月様が存在し続けるには、村人の信仰心が必要だとお話ししましたね?」
「え、ええ」

「信仰心が薄れれば、現世に及ぼす佳月様の力が失われていきます。ええ、ええ。今の佳月様は、現世の様子を見届けるくらいしかできません。そして、あの神社を訪れる者がまったくいなくなれば、佳月様の存在そのものが失われてしまいます」

 佳月様がいなくなった世界をリアルに想像して表情を歪めた私に、彼女はわかっているというようにうなずいた。