「なあ、佳月。やっぱりこの娘は、俺がもらってもいいか」
「なにをおっしゃいますか、希道様」

 我慢ならないというように、イチさんが希道様を咎める。

「ええ、ええ。あなた様が、若い女性とあらば見境なく侍らせたがるお方だと、私も知っておりますよ。それについては、なにも言いません。ですが、綾目様だけはだめです」

「ほおう。イチがここまで主張するのも珍しい」

 辛辣にも聞こえるイチさんの言葉に、希道様が気分を害した様子はない。それより、神様がそれでいいのかと不信感が募る。

「ますます、ほしくなるな」
「だ、だめですったら!」
「眷属の分際で、俺に逆らうのか」

 それまで飄々としていた希道様が、ギロリと彼女を睨む。それは私にも向けられていたのか、途端に目に見えないなにかに威圧されて息苦しくなった。

「希道。私の宮で勝手をするなど許さない」

 怒りの滲む声をあげた佳月様がそれに応戦したのか、ふっと体が軽くなる。同時に、希道様が後ろに背を逸らせた。そのまま倒れ込みそうになるのを、なんとか踏みとどまっているようだ。

「ふん。現世での力を失っても、常世ではまともなままか。俺より歳を重ねているだけはあるな」
「そうでございます。佳月様は本来、あなた様よりもお立場が上なんですよ」
「イチ」

 気色ばんだイチさんを、佳月様が窘める。

 一方的に見下すような希道様には腹立たしさを感じるが、佳月様がやられっぱなしというわけではないと知ってほっとする。力関係も、さっき希道様の威圧を治めたところを見ると、引けを取らないようだ。

「ふん。イチまでもがこれほど執着する娘。あきらめるには、実に惜しいな」
「希道」

 棘のある声をあげた佳月様に、希道様はわざとらしく肩を竦めてみせた。

「まあ、今日のところは一旦引いてやる。が、次があれば容赦はしない」
「次など、あるわけないですよ。ええ、ええ。希道様が気まぐれなことは、私、知っておりますから」
「ふん。佳月、眷属の躾がなっていないぞ」

 どこか茶化すような口調でそう言った希道様に、佳月様は言葉を返さない。ただ、その手がぐっと握り込まれているのに気がついた。きっと彼は、いろいろな思いをぐっと呑み込んでいるのだろう。

「さあさあ、希道様。お帰りはそちらからどうぞ」

 庭から出ていくようにと、イチさんが外を指し示す。

「ふん。相変わらず生意気な狐だな。まあいい。それより、綾目」
「は、はい」

 急に呼びかけられて、条件反射で返事をする。

「次は、俺のところに連れていくからな」
「それは、遠慮させていただきます」
「ははは。それなら、力ずくで連れ出すまでだ」

 冗談とも本気ともつかない態度に、不安を煽られる。それを察したのか、イチさんが私を背に隠すように前に出た。

「ほら、希道様。奥方様らが、お待ちかねでございましょう」

 間違っても、自分がそのうちのひとりに入れられるのはごめんだ。

「あれらは正式な妻ではないぞ」

 それではなんのかという問いは、懸命にも口にしなかった。これ以上、この人に関わりたくはない。

「綾目。近々、また会おう」
「希道。綾目は、お前にはやれない」
「ふうん。ま、それは本人の選ぶことだ」

 それだけ言うと、希道様は私の反応も見ないまますっと姿を消した。