「なあ、綾目。もう先のない佳月に仕えるくらいなら、俺の所に来ないか?」

 目を細めて甘い笑みを浮かべながら誘いかけてくる希道様を、じっと見つめた。

「お前なら、特別に俺の伴侶として娶ってやろう」

 人間が神様の伴侶になるなんて、あり得る話なのだろうか。その軽薄そうな雰囲気のせいか、この人の語る内容はすべて嘘に聞こえてしまう。

「そ、それは!」

 イチさんが、大きな声をあげた。希道様に対して抗議の姿勢を見せたが、ハッとして前のめりになっていた身を引く。

 私に視線を向けた彼女は、なにかを言おうと口をもごもごさせたが、結局かける言葉が見つからなかったようだ。まるでなにかを堪えるように、小ぶりの手が力いっぱい握りしめられている。

「私は」

 声が震えてしまわないように、ぐっとお腹に力を込める。
 決して希道様から視線を逸らさず、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「佳月様とイチさんのお傍にいます」
「はっ。佳月の最期は、もう目に見えてるんだぞ。そうなれば、イチも同じ道をたどる」

 ふたりがいなくなるという事実は、受けとめられていない。それに、後の話などそのときになってみなければわからない。大きな不安はあるが、ふたりが存在している以上はずっと傍にいたい。

 かつて佳月様を顧みなくなった村人たちのように、私まで彼から目を背けるなんて絶対にしたくない。運命は変えられないとしても、私は最後まで彼を見守っていたい。

「人間でしかない私には、込み入った事情などわかりません。ですが私は、佳月様にお約束したんです。すぐに心変わりをする人間なんて信じられないかもしれませんが、佳月様は優しい神様だということを、私は何度だって伝え続けると」

 そのためにも、私は佳月に声の届く場所に居続けなければならない。

 はじめは、あの辛い日々から救ってもらった恩から抱いた気持ちだった。でも、今はその意味合いが違う。佳月様を愛しているから、もうこれ以上彼が孤独や絶望を味わないように、寄り添っていたい。

「ふうん。こんな愛想のない男といるなんて、どんなもの好きかと思ったが。なかなか気概のある娘じゃないか」

 希道様なりの褒め言葉だろうが、それを舌なめずりしながら言われては嬉しさなど微塵も感じない。