「はあ……。佳月も腑抜けになったもんだ。イチだって、こんな情けない主など、愛想が尽きるだろ」
「そんなことありません。ええ、ええ。私は知っておりますから。佳月様が誰よりも心優しいお方だって」
「優しいだけでは生きていけないぜ」

 イチさんが言葉を詰まらせた。

「なあ、綾目。このふたりに代わって、俺が教えてやるよ」
「必要はない」

 すかさず言い返した佳月様に、胸が痛む。
 希道様は片手をひらりと振ってそれをいなすと、佳月様の同意を得ないまま話を続けた。

「人間の信仰心が薄れると、俺たちが現世に及ぼす力は失われていく。そうして完全に忘れ去られたとき、俺たちの存在も失われる」
「希道」

 佳月様が鋭い声をあげたが、それどころではない。

「存在が、失われる? どういう、ことでしょうか」

 ふたりの龍神の間で視線を彷徨わせる私に、希道様が意地悪な笑みを浮かべた。

「そのままだ。誰ひとり信仰する者がいなくなったとき、俺たちは存在そのものがなくなる」

 そんな話は、初めて聞いた。

「ショックか?」

 どこか楽しそうな希道様に、コクリとうなずく。呆然しながら見回せば、佳月様は片手で目もとを覆って瞼を伏せ、イチさんも肩をプルプルと震わせながら下を向いてしまっていた。

「ははは。でもな、佳月はそれを受け入れている」

 希道様の指摘にハッとする。

 思い出すのは、少し前の佳月様の言葉だ。『綾目をここから無理に追い出すつもりは、今のところはない』と、たしかに彼はそう言った。決して、私がずっとここにいる許可をくれたわけではない。

 佳月様がいなくなると想像しただけで苦しくて仕方がないのに、反面、彼がそれを受け入れている心境もわかってしまう。

 かつての下沢村の人たちは龍神を慕い、祈りを捧げていた。けれど、次第に人間たちは佳月様を見向きもしなくなっていく。挙句、都合が悪くなったときだけ頼ろうとしたり、それでもうまくいかないと佳月様を悪者にしたり、散々な仕打ちをしてきた。

 そんな扱いをされても、佳月様はきっと完全には見限れずにいたのだと思う。必死に目を背けていたのは、裏を返せば油断すれば気になってしまうから。彼は村を見ないようにすることで、それ以上人間を嫌いになりたくなかったのかもしれない。

 再び裏切られる苦しみを味わうくらいなら、いっそ自分の存在がなくなってしまえばいい。それを抵抗なく認めてしまう彼の絶望は、どれほどのものだったのだろう。