「イチを傍に置くようになったときには、とうとう気がふれたかと思ったがな」

 おかしくて仕方がないとでもいうように、希道様が豪快に笑う。私の半歩前に控えるイチさんの方が小さく震えているのは、おそらく怒りの感情のせいだろう。

「お茶が冷めてしまいますので、失礼しますね」

 これ以上、自分の主に対して無礼は許さないとでもいうように、イチさんが強引に割って入る。彼女に促されて、私もプリンを差し出した。


「ん? なんだ、佳月。綾目もイチと同じ扱いなのか?」

 近づいた私に、希道様が眉間にしわを寄せた。
 なにか不快にさせるようなことをしてしまったのかと不安になるが、今は単に茶菓子を出しただけだ。
 
 絡みつくような彼の視線に、ぶるっと体が震えた。

「お前に説明する義理はないが、勘違いされても不愉快だな。綾目は大切な客人だ。今は本人の希望もあって、イチについて手伝いをしてもらっている」

 佳月様の説明に、希道様の瞳がキラリと輝く。茶菓子を出し終えて佳月様の斜め後ろに控えた私を、興味深そうにじっと射抜いてきた。

「ふうん。じゃあ、いなくなってもいいんだ」
「大切な客人だと、言ったはずだ」

 いやな客が来たにもかかわらず、佳月様はいつも通りだと思っていたが、そうではなかったらしい。珍しく苛立ちを露わにした彼を、希道様がニヤリと笑う。

「俺はまた、お前が心を決めたのかと思ったんだがな」

 
 それはいったいどういうことかと佳月様を見たが、彼はすべての感情を心の内におしとどめてしまったようで、表情からはなにも読み取れない。

「イチよ。このままでいいのか?」

 攻撃の矛先をイチさんに変えた希道様は、いやらしい笑みを浮かべながら彼女を挑発する。その合間に私に向けられる視線が気持ち悪くて、身を縮こませた。

「……言いわけがありませんよ」

 吐き捨てるようにそう言い放ったイチさんに、首を傾げる。なんだか言外に、私の知らないなにかかが隠されているようだ。

「ええ、ええ。あなた様もご存じのように、私は生涯、佳月様に使えると決めておりますので」
「そうだろ、そうだろ。なら、このままでいいわけがないよな?」

 ふたりのやりとりに、佳月様が眉間にしわを寄せた。

「私は、望んでいない」
「強がるなって、佳月。お前が消えてなくなるのも、もう時間の問題なんだぞ」

 少しだけ真剣な表情で、希道様が言う。私ひとりだけ意味がわからず、困惑した。

「なんだ。ふたりとも、綾目に話していないのか?」
「なにを、ですか?」

 ふたりが私に隠し事をしていたのもショックだが、それよりも、さっきの希道様の言葉の意味の方が気になる。