「綾目様、綾目様。急なんですがね、これからお客様がいらっしゃることになりました」
「お客様?」

 佳月様の部屋を後にして、台所で夕飯の準備をしていたところ、勢いよく飛び込んできたイチさんが、いつも以上に早口で言う。

 私がここへ来てからというもの、来客など一度もなかった。
 やってくるのは相手は人間ではないだろうが、それではいったい〝なに〟が来るのか想像もつかない。

「ええ、ええ。そうなんですよぉ。もう、あのお方はいつも唐突で。こっちの都合なんて、端から考えていらっしゃらないんです」

 迷惑だと隠すつもりがないのか、イチさんの表情が不快に歪む。いつもにこやかな彼女が、他者に対してこれほどあからさまに負の感情を表に出すのは珍しい。

「どういう方が、いらっしゃるんですか?」

 私の問いかけに、イチさんは言うべきかどうかを思案した。

「……いえね。佳月様と同じ龍神であられる、希道(きどう)様がいらっしゃるんです」

 同じ神様なら、やはり佳月様のような優しい方かと思いきや、イチさんは心底嫌そうにため息をついた。

「希道様は、ずいぶん栄えた土地をお守りしてるんです」
「はあ」

「人がたくさん集まる土地は、信仰心の大きさに関係なく、通年の行事として祭りだなんだと神事があるでしょ?」

 そう問いかけられて思い出したのが、ニュース番組なんかで目にした数々の年中行事だった。中には有名人をゲストとして招いているものもあり、その土地以外からもたくさんの人が訪れていた。

「希道様は、いつもそれを自慢なさるんです。本当にもう、あれで神様だって言うのですから、世も末というものですよ」

 イチさんの言い回しがおかしくて苦笑する。ただ、彼女がここまでいやそうな反応を見せているのだ。きっと佳月様にとっても、希道様の来訪は喜ばしいものではないのだろう。

「お茶をお出しした方が、いいですよね?」

 どんな相手であれ、礼儀は尽くすべきだろう。

「ええ、ええ。そうしましょう」

 不本意ですがとでも言い出しそうなイチさんだったが、渋々手を動かしはじめた。

「そうだ。ちょうどプリンを作っておいたんですが、これも一緒にお出ししましょうか?」

「……そうですねぇ。佳月様の名誉のためにも、おもてなしはきちんといたしましょう。ええ、ええ。ですが、綾目様のお姿を見せるのも……」
「私、部屋にこもっていた方がいいですか?」

 渋るイチさんに、迷惑になってはいけないと提案する。

 佳月様やイチさんとは違い、希道様は人間を徹底的に毛嫌いしているのかもしれない。そうだとしたら、隠れていた方がいいに決まっている。

「いえいえ。綾目様の存在が、迷惑だとかではないんですよ。それに、お姿を隠したところで、希道様にはお見通しでしょうからね。ええ、ええ。そうに違いありません。綾目様をおひとりにするより、私と佳月様の目の届くところにいた方がいいでしょう」