「綾目、茶をくれないか」

 庭の散策を終えて自室に戻る途中で、佳月様に声をかけられる。彼の部屋の庭に面する襖はずっと開けられており、室内でなにか書きもをしているようだと確認済みだ。

「はい。すぐに用意しますね」

 佳月様に頼まれて、すぐさま台所に向かった。

 ここに来て以来、どれほど時間が経っただろうか。最初の頃は日にちを数えていたが、もとの世界との大きな違いを実感して以来やめてしまった。
 用意を済ませて戻ってみれば、彼は庭を眺められる位置に座布団を敷いて座っていた。

「はい、どうぞ」

 声をかけながら彼の前に湯呑を置くと、柔らかな笑みを向けられる。

「ああ、ありがとう」

 初めて顔を合わせたとき、彼の視線はあまりにも冷淡で、私の存在は迷惑なのだろうと思い込んでいた。

 それが、ここ最近の佳月様はずいぶん軟化している。いや、軟化どころではない。彼の声音も表情も冷たさなどいっさいなく、温和で優しさにあふれている。

 お茶の用意など身の回りの世話はイチさんに頼んでいたが、タイミングが合えばこうして私にも声をかけてくれるようになった。自分の存在を認めてもらえたようで、ここ最近の私はすっかり浮かれている。

「綾目も、ここに座るといい」

 佳様月からひとり分離れたところに用意された座布団に、そっと座る。

「ここは、長閑でいいですね」

 庭を眺めながら、なにげなくつぶやいた。
 流行りのものなどなにもなくても、こうしてゆっくりしている時間は少しも退屈ではない。

 隣に佳月様がいればどうしたって胸が高鳴るが、それでも決して嫌ではない。好きな人の傍にいられる幸せ噛みしめながら、数羽まとまって遊びに来た鶏を眺めた。

「そうだな。綾目とこうしてゆっくり過ごす時間は、わるくない」

 佳月様が私に対して抱いているのは、私が秘めている気持ちとは種類が違うとわかっている。嫌われてはいないと知れるだけで十分だ。

「そう言ってもらえて、嬉しいです」

 偽りのない気持ちを伝えると、佳月様が優しく微笑み返してくれた。