「梶原さんの家に、戻っているっていうことはないのか?」
「いやいやいや。うちにはいないぞ」

 答えながら、夫が「そうだよな」と私に視線で問いかけてきた。

「当然ですよ。あの子には、きちんと話してありましたし」

 昨夜は相当寒かったのもあり、もしかしてこっそり帰ってきてしまわないかと、夜中に綾目の部屋を確認している。今朝も念のためにのぞいてきたが、彼女の姿はなかった。

 勝吾とは違い、未だによそ者のように扱われている私の言葉の信ぴょう性は高くない。複数向けられた胡乱げな視線に、わずかにたじろいだ。

「じゃあ、どうしたっていうんだ」

 どこかの男性が、苛立った声をあげた。

「そうだ、そうだ。この寒い中、昨日も今朝も来たというのに」

 自分たちの村の事情で行う神事を、つい最近ここへ来たばかりの未成年の少女に一番大変な役割をさせておいて、なにを言うのかと怒りが湧く。

 正直、両親を亡くした綾目の世話を押しつけられたのには納得していない。姉さんと姉妹とはいえ、年が離れているのもあってそれほど交流はなかった。そのせいもあり、綾目を預かるなど理不尽でしかなかった。

 でも、綾目がいれば家事も介護もずいぶん助かるのは事実だ。
 それに、自分より村に馴染んでいないものの存在がいるのは都合がよかった。綾目を差し出せば、自分の立場はそれよりもましなものになる。せこい考えかもしれないが、それほどよそ者がここで暮らすのは過酷だった。

「梶原さん、どういうことだ?」

 夫と同年代の男性が、感情的に声をあげる。彼の厳しい視線は、綾目がいなくなったのはすべて梶原家のせいだと決めつけているようだ。

「どうって……とにかく、綾目はうちに帰っていない。うちは、ごまかしなどなにもしていない」

 本当になにも知らないのだから、夫とてそれ以上言いようがない。

「困ったな」

 昭三のつぶやきが、やけに大きく響く。

「勝手に逃げ出したとなれば、今回の儀式は失敗じゃな」

 おそらく綾目は、ここでの暮らしに嫌気がさして逃げ出したのだろう。親のいないあの子に行き先などないはずだが、身の危険にさらされたのだから、村を出てどこかへ駆け込んだのかもしれない。