綾目を生贄に捧げた翌朝になり、夫の勝吾と共に神社へ向かっている。昨夜降った雪はあっという間に十センチ以上積もり、冷たい空気に肌が肌を刺す。

 こんな中、あんな薄衣一枚で放置されたらどんな状況になるのか。そんなものは想像に容易い。
 それにもかかわらず、村の人たちは誰ひとりとしてそれを口にはしなかった。

「今朝は、よく冷えるなあ」

 半歩前を行く夫の勝吾は、血のつながらない綾目の心配などいっさいしていないようだ。ここで我が家から生贄を差し出しておけば、村内での立場が大きくなると、自身の益しか考えていないのだろう。

「そうですね」

 この人が、最近ではすっかり相手をしてくれなくなった娘の公佳よりも、なにを言っても反抗ひとつせずに従う綾目を気に入っていたのは一目瞭然だ。

 最初の頃は、私の目を盗むようにしてあの子に偶然を装って触れていた。味を占めたのか、ここのろことは堂々と自室に綾目を呼びつけている。まだ一線を越えた様子はなかったが、あのまま放置すれば、遠くない将来どうなっていたかわからない。

 私に実母の介護をすべて押しつけておいて、家庭内で威張り散らす夫が憎くてたまらなかった。
 けれど、ここを飛び出したところで自分に行く当てなどない。今さら夫と別れても、すぐさま生活に困窮するなど目に見えている。
 実家はすでに代替わりしているし、ずっと専業主婦でいた経験値の低い私など、雇ってくれるところもそうそうないだろう。

「お勤めを果たしたら、あいつを労わってやるべきか」

 珍しく綾目を労うような素振りを見せた夫だが、そのいやらしさの滲む笑みの示すところを想像すると怖くなってくる。

 今さら、夫を盗られるなどなんとも思わない。
 けれど、夫と同じような顔をしている息子の昭人に気づいてしまい、綾目の存在が忌々しくて仕方がなかった。

「ああ、昭三じいさんか」

 我が家から生贄を出している手前、言われているよりも早くに神社に着いたが、昭三とほか数人も、ちょうどタイミングを同じくしてやってきた。

「ああ、梶原さん。今回は世話になったなあ」

 村長でもないのに、昭三が村人を代表したように礼を述べる。

 困ったときの神頼みをしたくなるのは、理解できる。そのために豪華なお供え物を用意するのも、一般的だろう。
 けれど、それがどうして人心供物という突飛な発想になるのか。いくら実際に行われていた歴史があるとはいえ、それはもうずいぶん昔の話だ。普通なら、実行になど移しはしない。
 それを行ってしまうのが、この閉鎖的な下沢村なのだ。少々時代錯誤な話でも、昭三のような発言力のある人物が言えば、疑いもせずに正しいと認めてしまう。

「いやいや。村のために役立てて、よかったですよ」

 誇らしげに言う夫を、じろっと見やる。自分の株が上がったのが、相当嬉しいのだろう。そのデレデレした顔を見ていると、気分が悪くなる。