それからも、穏やかな日々が続いた。
 家事をして、三人で食事を一緒に食べる。その合間に、イチさんがくれた本を読んだり、遊びに来た兎と戯れたりもする。
 ここでは、いつまでになにかをしなければならないという制約がなく、心を乱されもしない。

 ともに過ごす時間が長くなるにつれて、佳月様との関係もその距離がずっと近づいた。

「あっ、佳月様」

 散歩でもしようと庭に出たところ、佳月様の姿を見つけて声をかけた。

「気分転換ですか?」
「ああ」

 以前よりも気軽さを増した会話がくすぐったい。彼の迷惑にならない程度に、けれど必要以上にかまえないようにしながら、積極的に声掛けをしている。
 じっと佇んだままの佳月様に、なにをしているのかと首を傾げた。

「ああ、兎ですね」

 ふと足もとで、一羽の兎が彼に纏わりついているのに気づいた。無視をするでも邪険にするでもなく、ただ兎のしたいようにさせるところが佳月様らしくて、くすりと笑いをこぼす。

「どうした?」

 不思議そうな顔で問いかけられる。

「いえ。あっ、そうだ! 茣蓙でも持ってきましょうか」
「そうだな。それなら、綾目の分も持ってきなさい」
「はい!」

 一緒に過ごそうという、言外の誘いに気づいて、急いで引き返した。

「どうぞ」

 再び戻ってきたとき、兎はまだ佳月様に纏わりついていた。彼が腰を下ろすと、待っていましたと言わんがばかりに、その膝の上に飛び乗る様がかわいらしい。

「ふふふ」

 彼の足の上から、顔を私の方に乗り出した兎に手を伸ばし、顎を掻いてやる。ここにいる動物たちは、生きているわけではないのに、触れれば温もりも感じられる。ふわふわと柔らかい毛が、穏やかな気分にさせてくれる。

「綾目は」

 なにかを言いかけた佳月様を、そっと見やった。彼の視線が、兎からゆっくりとこちらに移る。

「もし現世に、快く綾目を受け入れてくれる場所があったら、どう思うか? もしくは、ひとりでも暮らしていく保障がされれば、戻りたいと思うか?」

「え?」

 佳月様は、私に人間の世界に戻ってほしいのだろうか。

 受け入れられたと信じていただけに、ショックで言葉が出てこない。
 たしかに私は、この兎やイチさんとは違って人間でしかない。ここにいるには、異質の存在だ。