「私は、怒りの感情が強くなると、瞳の色や見た目が変化する。さっき綾目も目にしたと思うが、それが怖くないのか?」
「先ほども言いましたが、怖くはないです」

 あなたの優しさを私は知っているのだと信じてほしくて、前のめりになる。

「佳月様の優しさを、私はちゃんと知っています」

 たしかに最初は、その冷たい視線に怯みそうになった。けれど、彼は私を見えないところでも気遣い、けっして邪険にはしなかった。

「すぐに心変わりをする人間なんて信じられないとおっしゃるなら、私は何度だって伝えます。佳月様は怖くない。優しい神様だって」

 私のために怒ってくれた佳月様を、恐れるわけがない。イチさんだって、それを知っているからずっとこの人の傍にいるのだ。そう信じて彼女を見ると、「そうだ」というように大きくうなずき返してくれた。

 目上の存在に対して、ずいぶんな態度を取っていると自覚はある。それでも、ここでなにも言わずにはいられない。これまでずっと自分の思いを心のうちに秘めてきたせいか、ここにきて、一気に感情があふれ出てくる。

「佳月様。迷惑かもしれませんが、私をずっとここにいさせてください。そうしたら私は、あなたに言い続けますから。佳月様は優しい神様だと。私とイチさんだけはそれを知っていると」

 微動だにせず私を見ていた佳月様は、しばらくしてそっと瞼を閉じた。

「……ふう」

 張り詰めていた室内の空気が、彼が息を吐き出すと同時にふっと緩む。
 彼を怒らせてはいないと、その醸す空気から察せられるが、それでもどう思われたかまではわからない。

「ありがとう」

 これまで聞いたどれよりも柔らかい声音で、佳月様が言う。そうしてふんわりと温かい笑みを浮かべた彼に、視線が釘づけになった。

 ここに来て初めて見せる、彼の心からの笑みに鼓動がうるさくなる。その整った容姿にドキリとさせられることはあったが、今の胸の高鳴りはそれとはどこか違う。

 佳月様には、ずっと笑顔でいてほしい。私に力なんてないけれど、彼の表情が曇ってしまわないように守りたい。
 私の境遇と彼のそれは、比べ物にならない。けれど、辛い経験をしてきたという共通点が、こんなにも彼に傾倒させるのだろうか。裏切られても、厭われても、それでも村人を気にかけ続ける彼が、愛おしく思えてならない。

 神様に対して、そんな感情を抱くなんて間違っている。胸もとを押さえて、必死に心を落ち着かせようとするのに、なかなかうまくいかない。自覚した気持ちに気恥ずかしくなり、火照る頬を隠すようにうつむいた。

「佳月様、佳月様。綾目様は、本当におかわいらしい方ですねぇ」

 なにをどこまで見通しているのか、イチさんの嬉しそうな声が耳に届く。それに羞恥心を煽られて、ますます頬が熱くなった。

「よかったですねぇ。ええ、ええ。私はぜひとも、綾目様にずっといてほしいですよ。佳月様だって、そうですよねぇ」
「……望むだけ、いてくれてかまわない」

『好きにすればいい』と言われたときは、どこにでも行けばいいと突き放されたようにも聞こえた。けれど今の言葉は、ここで佳月様に仕えることを許容してくれたように感じられる。

「もう、素直じゃないんですから。――綾目様」

 イチに呼びかけられて、視線だけ上げる。

「ずっと、いてくださいね」
「も、もちろんです」