「す、すみません」
「なにに対してだ」

 間髪を入れずに佳月様に聞き返されて、一瞬、言葉に詰まる。

「その……醜い考えを、抱いてしまいました」

 私がいくら不平不満に思っていても、厄介になっているという前提があるだけに、それを訴える資格はない。

「それは、正当な思いではないのか?」
「え?」

 佳月様にじっと見つめられて、金縛りにあったように身動きがでがとれなくなる。意志の強い金色の瞳は、まるで私のすべてを見透かしてしまいそうだ。

「その後、村人らはこうも言っていた。『もし龍神が生贄を受け取ったのなら、今度こそ雨を降らせてくれるはずだ。そうでなければ、本当に意味のない神だな』と。勝手なものだ。綾目は命がけであれらに応えようとしていたのに、それすら踏みにじって」

「あの人たちは、佳月様に対してあまりに身勝手です。彼らが佳月様の事情を知らないとはいえ、どうしてそこまで言えるのでしょうか。自分たちはなにも犠牲にしないで、それでいて神の恵みを得ようとするなんて、横暴すぎます」

 それを佳月様にぶつけるのはお門違いだとわかっていても、主張せずにはいられなかった。長く下沢村を見守ってきた佳月様に対する彼らの言動は、どうしても許せない。

「佳月様は、ずっと尽くしてきたのに……」

 おそらく佳月様は、やりきれなさに心を乱していたのだろう。ずっと苦しんできた彼に対して、それでもなお追い詰めるような言葉を吐く彼らに、憎しみすら抱いてしまいそうだ。
 そして、なにもできない自分が歯がゆくて仕方がない。

「佳月様のために、そんなふうにおっしゃるなんて。綾目様は、本当にお優しいですねぇ。ええ、ええ。綾目様がお優しいなんて、最初からわかっておりましたよ」

 いつも通りのイチさんの声に我に返り、昂っていた感情をなんとか鎮める。

「綾目様と佳月様は、よぉく似ていらっしゃる。佳月様も自分勝手な村人らに怒りを覚えて、つい取り乱してしまわれましたが、その反面、見捨てることもできないんですよ。そうまで言われてもなお、彼らが自分を信じてくれるんじゃないかと、願ってしまうんです。そういうのを、ジレンマって言うんでしたかね?」

「イチ」

 佳月様に咎める口調で呼ばれても、イチさんは主張を曲げるつもりはないらしい。

「仕方がありませんよ、佳月様。ええ、ええ。どれだけ苦しくても、あなたは下沢村を守る龍神様なのですから」
「……はあ」

 佳月の重いため息に、再び涙が滲む。