約束通り、私とイチさんと佳月様は、可能な限り食事を一緒にとるようになった。最初のときのように庭へ出るときもあるが、たいていが佳月様の部屋におじゃまさせてもらっている。

「綾目様、綾目様。私、今晩はうどんが食べたくてですねぇ」

 夕飯の準備に取り掛かる頃になり、イチさんが興奮しながら私の部屋にやってきた。
 イチさんの明るさに、辛かった日々は徐々に風化していく。彼女の存在には、ずいぶん助けられている。

「こう、大きな油揚げをのせて……」

 以前食べたものを思い浮かべているのか、彼女の糸目がさらに細くなる。今にもよだれをたらさんばかりの彼女に、つい苦笑した。

「いいですね。ほかにもいくつかの具材を用意して、好みで選べるようにしましょうか」

 葱やわかめ、それからキノコ類も美味しいに違いない。付け合わせに、おひたしや卵焼きを作ろうかと想像する。

「楽しみですねぇ」

 嬉しそうな彼女に、同じ気持ちだとうなずき返す。
 待ちきれなかったのか、イチさんに急かされるようにしながら台所へ向かう。そうして、いつものようにふたり並んで調理に取りかかった。

「美味しそうですねぇ。冷めないうちに、食べちゃいましょう」

 イチさんの後をついて、佳月様の部屋を目指す。

「佳月様、夕飯ですよ~」

 この緩い調子に、ここへ来たばかりの頃は失礼なんじゃないかと内心ひやひやしていたが、それももうすっかり慣れた。ノックもそこそこにガラリと戸を開けてしまうのも、彼女なら許されてしまう。

「佳月さ……佳月様!」

 慌てるイチさんに、なにがあったのかと室内を覗く。苦しげに顔を歪める佳月様に気づき、私も中に踏み込んだ。

「だ、大丈夫ですか?」

 私の声に反応した佳月様は、こめかみに手を当ててこちらを見る。初めて顔を合わせたときと同じ、温度のない冷淡な視線に射抜かれて、ビクリと体が揺れた。変貌した彼に、伸ばしかけた腕を咄嗟に引き、思わず一歩後ろへ下がる。

「佳月様、佳月様。落ち着いてくださいね。ええ、ええ。わかっておりますよ。見てしまわれたんですね」

 いつもは金色をしている瞳は、今はなぜか赤銅色に濁っている。その手の甲や顔もどこかおかしい。鱗のような模様が浮き出ているようだと気づいて、ハッとする。

 佳月様は龍神だ。金色の瞳を除けば外見は人間となんら変わらないせいもあって、あまり意識していなかったが、彼は人ではない。
 ただ、そんな姿を見ても不思議と怖くはない。私の中にあるのは、ひたすら彼を心配する気持ちと、拒絶されているような反応対する悲しみだけだ。