隣に座る佳月様は手もとに視線を落としたままだが、なにか私を非難するような気配は微塵もない。
「もちろん佳月様だって、最初からわかっていらっしゃったんでしょ。ただ、ちょぉっとばかり、素直になれないだけで」
「イチ。想像でものを言うな」
イチさんを咎める彼の口調が、いつもより早口になる。
「ええ、ええ。私は想像なんかに左右されませんよ。それはもう、いつだって」
「お前は……はあ」
佳月様から盛大なため息が漏れた。
物静かでそこに座っているだけで厳しさを感じさせる佳月様だが、イチさんが絡むと途端に親しみやすさが増す。放っておけばいつまでも続きそうなそのやりとりに、自然と笑いがこぼれた。
「ふふふ」
ピタリと動きを止めたふたりが、そろって私の方を向く。
二羽の兎は、私たちなど気にもせずに、変わらずそれぞれの場所でくつろいでいる。
「ご、ごめんなさい。おふたりのやりとりが楽しくて、つい……」
「ええ、ええ。佳月様とは長い付き合いになりますからね。お互いに、なにもかもお見通しですよ。ほらほら、佳月様。綾目様にあきれられてしまいます」
「イチ。もう口を開くな」
不機嫌さを滲ませた佳月様だが、私に向けられたわけではなさそうだ。
イチさんにとって佳月様は、命の恩人だ。だから彼のもとでずっと尽くしているのだと教えてくれたが、きっと佳月様にとってもイチさんはかけがえのない存在なのだろう。なんだかんだ言いながら、イチさんのすべてを許して受けとめているのが伝わってくる。
互いに必要とし合えるその関係性が羨ましい。
一方的に尽くすばかりの日々は、本当に辛かった。なにをしても、所詮私はよそ者にすぎず、厄介な存在でしかなかった。
不意に梶原家で過ごした日々を思い出し、惨めさにじわりと涙が浮かぶ。それを悟られないように、慌てて下を向いた。
「そうだ、佳月様!」
すっかり気分が沈んでしまったところで、明るいイチさんの声が響く。そっと視線だけ上げると、やや興奮気味の彼女を佳月様が胡乱げに見ていた。
「これからも、こうしてみんなで食事をいただくのはどうでしょう? ええ、ええ。都合もありましょうから、いつもは難しいでしょうがね。ですが、おしゃべりしながら食べるのは、本当によいものですねぇ」
「イチさん。それでは佳月様の負担になってしまいます」
ひとりでの食事は、たしかにもの寂しい。けれど、さすがに毎回となれば迷惑だろう。
「……かまわない」
「え?」
呆然とする私を、佳月様がじっと見つめてくる。
「綾目がそうしたいのなら、私はかまわない」
「ほらほら。佳月様もこうおっしゃってるんですし、ぜひそうしましょう。ああ、なんだか私、楽しくなってきました」
本当にいいのだろうかと迷いは晴れず、佳月様を見返す。金色の瞳に温かな光が浮かんでいるのを見つけて、いつの間にか固く握りしめていた手から力が抜けていく。
「ありがとう、ございます」
掠れた声で、なんとか礼を伝えた。佳月様はそれになにか言うでもなく、変わらず茶兎をなでつつ庭を眺めていた。
「もちろん佳月様だって、最初からわかっていらっしゃったんでしょ。ただ、ちょぉっとばかり、素直になれないだけで」
「イチ。想像でものを言うな」
イチさんを咎める彼の口調が、いつもより早口になる。
「ええ、ええ。私は想像なんかに左右されませんよ。それはもう、いつだって」
「お前は……はあ」
佳月様から盛大なため息が漏れた。
物静かでそこに座っているだけで厳しさを感じさせる佳月様だが、イチさんが絡むと途端に親しみやすさが増す。放っておけばいつまでも続きそうなそのやりとりに、自然と笑いがこぼれた。
「ふふふ」
ピタリと動きを止めたふたりが、そろって私の方を向く。
二羽の兎は、私たちなど気にもせずに、変わらずそれぞれの場所でくつろいでいる。
「ご、ごめんなさい。おふたりのやりとりが楽しくて、つい……」
「ええ、ええ。佳月様とは長い付き合いになりますからね。お互いに、なにもかもお見通しですよ。ほらほら、佳月様。綾目様にあきれられてしまいます」
「イチ。もう口を開くな」
不機嫌さを滲ませた佳月様だが、私に向けられたわけではなさそうだ。
イチさんにとって佳月様は、命の恩人だ。だから彼のもとでずっと尽くしているのだと教えてくれたが、きっと佳月様にとってもイチさんはかけがえのない存在なのだろう。なんだかんだ言いながら、イチさんのすべてを許して受けとめているのが伝わってくる。
互いに必要とし合えるその関係性が羨ましい。
一方的に尽くすばかりの日々は、本当に辛かった。なにをしても、所詮私はよそ者にすぎず、厄介な存在でしかなかった。
不意に梶原家で過ごした日々を思い出し、惨めさにじわりと涙が浮かぶ。それを悟られないように、慌てて下を向いた。
「そうだ、佳月様!」
すっかり気分が沈んでしまったところで、明るいイチさんの声が響く。そっと視線だけ上げると、やや興奮気味の彼女を佳月様が胡乱げに見ていた。
「これからも、こうしてみんなで食事をいただくのはどうでしょう? ええ、ええ。都合もありましょうから、いつもは難しいでしょうがね。ですが、おしゃべりしながら食べるのは、本当によいものですねぇ」
「イチさん。それでは佳月様の負担になってしまいます」
ひとりでの食事は、たしかにもの寂しい。けれど、さすがに毎回となれば迷惑だろう。
「……かまわない」
「え?」
呆然とする私を、佳月様がじっと見つめてくる。
「綾目がそうしたいのなら、私はかまわない」
「ほらほら。佳月様もこうおっしゃってるんですし、ぜひそうしましょう。ああ、なんだか私、楽しくなってきました」
本当にいいのだろうかと迷いは晴れず、佳月様を見返す。金色の瞳に温かな光が浮かんでいるのを見つけて、いつの間にか固く握りしめていた手から力が抜けていく。
「ありがとう、ございます」
掠れた声で、なんとか礼を伝えた。佳月様はそれになにか言うでもなく、変わらず茶兎をなでつつ庭を眺めていた。