そよそよと吹く心地よい風に、前髪がふわりと持ち上がる。ここは佳月様の作った空間だというが、あまりにも自然で作り物には思えない。自分たち以外誰もいないということを除けば、人間の世界とほとんど変わらない。

 ふと庭に目を向けたら、その端に茶色い兎を発見した。先日は鶏が何羽か遊びに来ていたし、ほかにももっといるのかもしれない。人間界で彼らが辿った運命は不憫だが、こうして自由に過ごしている姿に温かい気持ちになる。

 私たちの存在を認めて、兎がこちらへ跳ねてくる。その後ろに、もう一羽白い兎が現れた。あれは以前、私のとこへ来た子だろうか。茶兎を追いかけるようにして、白兎もこちらへ向かってくる。

 茶兎は佳月様に近づくと、なんのためらいもなく、その膝に飛び乗った。それを見てうろたえるのは私ばかりで、イチは「まあまあ」と微笑ましそうに眺めている。当の佳月は、優しい手つきで兎の背をなではじめた。

 白兎はどうするのかと思えば、迷うことなく私に近づき、同じように膝に乗ってきた。やはり、先日遊びに来た兎だろうか。甘えるようなその行動がくすぐったくて、自然と笑みが浮かぶ。ふわふわなその背を堪能するように、繰り返しなでてやった。

「かわいいですね」
「ええ、ええ。てっきり人間には警戒するかと思っていましたが、これらは綾目様の優しさをわかっているんでしょうねぇ」
「え?」

 初めて見かけたときからずいぶん懐かれて不思議だったが、あのときのイチの反応から、これが普通なのだと思っていた。

「警戒?」

 首を傾げる私に、佳月様が口を開く。

「これらは、私に捧げるために人が殺めたものらだ」

 すでに知っていた話なのに、あらためて彼の口から聞かされると大きな罪としてのしかかってくるようだ。胸のあたりがずしりと重くなり、そっと手で押さえる。

「それを覚えているはずだが」

 つまり、この子たちは人に捕らえられ、命を奪われたその瞬間を忘れていなというのか。
 佳月様の視線が一瞬だけ私を捉えて、再び兎に戻される。

「イチの言うように、綾目の本質を見抜いて、警戒する必要がないと判断したのだろう」

 自分が善人だなんて、まったく思わない。私は自身の居場所を作るためならばという、打算的な考えを行動の基準にするような人間だ。役に立ちたいというのも本心だが、それ以上に自分が安心できる場所がほしかった。

「私は、そんな……」

〝人間ではない〟と続けようとしたところで、私に向けられる佳月様の視線を感じて口をつぐむ。

「綾目の行動原理に、他者を貶めようとする意図が微塵もないと、こやつらは感じ取っているのだ」
「ええ、ええ。もちろん私もですよ、綾目様」

 即座に賛同したイチさんが、にこにこと私を見つめてくる。