「それじゃあ、いただきましょうかね」

 陽気なイチさんの声を合図に、そっと手を合わせて食事をはじめる。

「綾目様は、どうしてこの場所を選んだんでしょう?」

 気まずい沈黙を心配したが、早々にイチさんが口を開く。それに反応した佳月様が、視線だけこちらに向けた。
 ひと口頬張ったおにぎりを飲み込みながら、どう言えばわかってもらえるか思案する。

「ここの庭は、すごく温かい感じがして大好きなんです」

 さっと周囲を見回すと、ふたりも同じようにする。

「いつも部屋から眺めているんですが、逆に部屋の方を見るっていう視点も面白そうだと思って」

 いい考えだと実行したものの、言葉にしてみれば稚拙だったかもしれず、不安に言葉尻が小声になる。
 イチさんは私の思いを確かめるように、もう一度周囲を見回した。その横で、佳月様はじっと正面を見つめている。

「そんなふうに考えたことは、なかったな」

 ぽつりとつぶやいた佳月様を、そっとうかがう。

「ええ、ええ。そうですね。私も初めてです。新鮮ですねぇ、佳月様」
「そうだな」

 同意する佳月様に、好意的に受け取られたようだと安堵する。

 それから、イチさんを中心に会話をしながら、思いの外心地よい時間が続く。話している大半はイチさんだが、彼女は誘導がとても上手く、佳月様からも言葉を引き出していく。それをひと言も漏らさないように耳を傾けた。

「――綾目様が、ここにいる理由を見つけられて本当によかったですねぇ」

 世話になる以上、自分にできることをしようと、掃除や料理は毎日やらせてもらっている。それだけで恩を返せているとは到底思えないが、なにもしないでいるのは逆に心細い。

「私もね、たまにご一緒させてもらうんですよ。ええ、ええ。おしゃべりしながらの作業は、なかなかに楽しいものです」

 イチさんはそう言って受け入れてくれるが、果たして佳月様はどう感じているのだろうか。彼にとって食事は必要のないものだし、広い宮内はいつだって埃もなく、掃除も不要だと勘づいている。

「あ、あの。ご迷惑では、なかったでしょうか?」

 隣に座る佳月様を、上目遣いにうかがう。背の高い彼も、同じタイミングで私を見下ろしてきた。

 金色の瞳からは、相変わらず感情が読めない。もし彼に「不要だ」と言われたら、もうここにはいられないだろう。なんの役にも立てないどころか、私がいることで本来必要でないはずの食材や生活用品などを調達しなければならなくなる。それらはすべて、イチさんが用意してくれるが、私が知らないだけで佳月様にも負担をかけているかもしれない。