「さあさあ、綾目様。お弁当を披露しちゃいましょうか」
「は、はい」

 佳月様の視線を感じるが、そちらを見る勇気はない。手もとに視線を落としたまま、お重を開けていく。今回は食べやすいように、それぞれの段にひとり分ずつ詰めておいた。

「ど、どうぞ」

 まずは隣に座る佳月様に差し出す。彼はそれを、躊躇なく受け取った。

 お弁当に視線を落とした佳月様は、とくに表情を変えない。口数が少ないため、なんとか表情から感情を読み取りたいのに、それもあまり変化がない。そのため、こちらからも声をかけづらくなる。

「佳月様、佳月様。この筑前煮は、綾目様のお母様から受け継いだお味なんですよ。ええ、ええ。私も〝家庭の味〟なんて言葉はもちろん知っておりますよ。お母様自身も、そのお母様から受け継いだんでしょうねぇ」

 助け舟を出すように、イチさんが間をつなぐ。

「教えられた通りに作ったので、味も大丈夫だと思います」

 控えめにそう付け加えると、お弁当に向いていた佳月様の視線がこちらを向く。

「あ、あの、おにぎりは、三種類あるんです。鮭と梅干とおかかを用意しました」
「こうね、手を塩水につけて、お米を握るんですよ。私、そんな作り方をしたのは初めてで、面白かったです」

 イチさんが、その様子を再現してみせる。
 おにぎりの存在は知っていたイチさんだが、普段は茶碗に盛るばかりで、作ったことがなっかったようだ。

「昔ながらの作り方なんですって。ええ、ええ。ここには最新の調理道具はありませんからね。綾目様は昔ながらのやり方も、大切にされてるんですねぇ」

 大げさな抑揚をつけながら、イチさんが胸を張って佳月様に伝える。彼女が言うほど大層なことをしているわけではないと、小さく手を振って否定した。

「祖母に、教えてもらったんです。その、祖母は『新しくて便利なのもいいけど、自分はこのやり方に慣れてるから』って、頻繁に言う人で……」
「ええ、ええ。その気持ちは、私もよくわかりますよ。ね、佳月様」

 なにがイチさんを喜ばせているのか。彼女は糸目をさらに細めて、身を乗り出すようにしてうなずいた。

「……そうだな」

 イチさんに話を振られた佳月様は、意外にも彼女に同意した。その反応は予想外だったが、おかげで少しだけ緊張が解れていく。

「イチさんも、どうぞ」
「ええ、ええ。佳月様、前を失礼しますよ」

 どう渡そうかと悩んでいたところ、イチさんが遠慮なく佳月様の前に腕を出す。

「前をすみません」

 さすがに失礼だと思うが、彼女がそうするなら合わせるしかない。わずかに身を乗り出して素早くお弁当を手渡すと、自身のスペースに座り直した。