翌日、朝食後に掃除を済ませると、イチさんと共に台所でお弁当作りをはじめた。

「そういえば、佳月様に食べ物の好き嫌いなんてあるんでしょうか」

 今さらな質問に、イチさんが張り切って答えてくれる。

「嫌いなものは、いっさいございませんよ。いえね、佳月様にも味覚はちゃんとありますからね」

 食べる習慣はなくても、食事をする感覚は人間と変わらないという。

「私の好物は、油揚げなんですけどね」

 狐ならではの定番の好物に、思った通りだと納得する。

「佳月様は、なかなか表情に現れにくいですが。そうですねぇ。果物や甘いデザートを召し上がっているときは、心なしか口角が上がっていますね。ええ、ええ。そのときばかりは、ちょっとおかわいらしくて」

 意外な姿を想像して、小さく笑いが漏れる。

「ふふふ。それなら、庭のみかんを使って、甘くて冷たいゼリーを作りましょう」

 みかんの収穫はイチさんが請け負ってくれた。その間に私は、おかずを作りはじめる。

 ここにあるのは、ひと昔前の道具ばかりだ。もとの世界とは違い、電気は通っていない。廊下や部屋には松明が設置された燭台があり、灯りが必要な暗さになると勝手に灯が灯るようになっている。それらはすべて、佳月様の力で作用しているのだとイチさんが教えてくれた。

 ガスもなく、お米は窯を使って焚いている。イチさんにも不思議な力があるようで、火が必要なときには彼女が念じて付けてくれる。

 まずはお米をセットして、それからおにぎりの具材にする鮭を焼いていく。その間に、筑前煮の具材を用意する。
 この宮の雰囲気や、〝神様〟というところから勝手に和食にするべきかと思い込んでいたが、意外にもふたりは洋食にも抵抗がない。
 そうこうしているうちに戻ってきたイチさんに、おひたしにするためブロッコリーの準備をお願いした。

「綾目様と一緒に作っていると、楽しいですねぇ」
「そう言ってもらえて、嬉しいです。母とも、こんなふうに一緒に作っていたんですよ」

 辛い日々に、ここへ来るまではすっかりふさぎ込んでいたが、こうしてイチさんと過ごしていると、楽しかった出来事を思い出すようになった。

「綾目様の手際の良さは、お母様の教えのおかげなんでしょうね」

 母を褒められて、誇らしい気持ちになる。

「さあさあ、綾目様。このみかんは、どうしておきましょうか?」
「身が多少崩れてもいいので、中の薄皮まで剥いてください」

 現世からゼリーそのものを持ってきてもらうのも可能だが、それでは味気ない。時間はたくさんあるのだし、どれだけ不便だろうと、できるだけここにあるもので完結させたい。その気持ちはイチさんにも通じているようで、「おまかせください!」と早速取り掛かってくれた。