「ええ、ええ。佳月様。プリンはずいぶん久方ぶりですからねぇ。警戒してしまうのもわかりますよ」

 佳月様は、茶化すように言ったイチさんに抗議の目を向けた。

「警戒など、しておらぬ」
「まあまあ、そうでしたか。毒など入っておりませんからね。どうぞ、どうぞ。お召し上がりくださいね」

〝毒〟なんて物騒な言葉にギョッとしてイチさんを見たが、変わらずにこやかな表情をしている。

「ほらほら、匙もどうぞ」
「毒の心配など、しておらぬ。そもそも、私に毒など効かぬではないか」
「はいはい。わかっておりますよ。佳月様は、綾目様を信頼されていますからね」
「え?」

 イチさんの言葉に、つい声をあげた。

 佳月様に嫌われているわけではないと感じていたが、信頼されるほどの関係を作れているとは思っていない。
 本当なのだろうかと、チラリと佳月様を見る。見惚れてしまうほど美しい顔は、わずかに不機嫌さをにじませ、イチさんを見る視線は相変わらず冷え切っている。

 彼女の方はそんなものすっかり慣れており、まったく気にする素振りはない。

「信頼もなにも、ここへ来たばかりの人間に、そんな真似ができるわけがないというだけだ。たとえなにかを謀ったとしても、私には筒抜けだ」

 どういう意味かわからず、首を傾げる。

「なんといっても、佳月様はここの主ですからね。ええ、ええ。私もちゃんとわかっておりますよ。あなた様に隠し事など不可能なことぐらい」

〝神〟と呼ばれる存在なのだから、私の想像もつかないような力を持っているのだろう。この宮は佳月様が作ったというぐらいだから、その内での出来事はすべて把握しているのかもしれない。

「それでは、佳月様。ごゆっくりどうぞ。綾目様、行きましょうか」
「は、はい」

 できれば、佳月様がどんな表情で食べるのかを知りたい。でも、そんなわがままなど言えるはずがなく、イチさんの言葉にしたがって彼に背を向けた。

 イチさんに続いて、廊下に出る。うつむきがちに振り返り、襖をそっと閉めていると、中から小さくつぶやくような声が聞こえてきた。

「ありがとう」

 反射的に顔を上げる。声を発したのは、たしかに佳月様だ。けれど彼は、こちらにいっさい視線を向けない。

「行きますよ」

 楽しげなイチさんに声に促されて、ハッとする。なんだか名残惜しい気もするが、のぞき見をするなんて失礼だと気づいて、慌ててその場を離れた。