佳月様の正面に、イチさんが座布団を用意して座るように促した。自身はその隣に座ってくれるようで、少しだけほっとする。

「はあ」

 佳月様が重いため息をつく。
 迷惑だったかと、内心びくびくしながら座り、なんとか正面を向く。私をじっと見つめる佳月様の視線の鋭さは、変わらないままだ。

「は、初めまして。三坂綾目と申します。あの、お世話になっているのに、すぐにご挨拶に伺わず、すみませんでした」

 深く頭を下げる。非常識な振舞を叱られるだろうか心配だったが、正面からはすぐに「かまわない」と返ってくる。わずかに安堵して、ゆっくりと顔を上げた。

「食事や衣服など、いろいろご配慮くださり、ありがとうございます。それから、これも」

 横に置いていたひざ掛けを、そっと差し出す。

「ああそれか。あんなところで寝ていては、体を痛めてしまう。人間は弱いのだから気をつけなさい。それから、それは綾目が使うといい」

 意外な言葉に、目を瞬かせた。

 無表情の整い過ぎた顔は、怒っているようにも見える。それに、この人が人間に対してよい感情がないのも知っているから、きつい言葉をかけられるかもしれないと思い込んでいた。
 その声音は平たんで温度を感じられないが、紡がれた言葉からは私への気遣いが伝わってくる。

「ありがとう、ございます」

 これまでは、悪意に晒される日々が続いていた。苦しくてもそれを訴えられる立場になく、すべてを呑み込んで従うしかなかった。それだけに、イチさんや佳月様の心遣いが心にしみる。

 なんとか絞り出したお礼は、声が震えてしまった。でも、ふたりともそれについては触れずにいてくれる。

「あ、あの。私をここに置いてもらえないでしょうか」

 イチさんによれば、すでに佳月様も許可してくれているらしいが、果たして本当だろうか。
 さすがに図々しすぎだったのか、佳月様は私を見据えたまま口を閉ざしてしまった。
 いつもは勢いよく話すイチさんも、今ばかりはなにも言ってくれない。

 やはり迷惑だっただろうか。なんとも言えない気まずい沈黙に、背中を冷たい汗が伝っていく。張り詰めたこの場の空気に耐えるように、手をぎゅっと握って佳月様の答えを待った。

「……好きにするがいい」

 聞こえてきた声にハッとして、顔を上げる。目の前の佳月様は、さっきまでと寸分も変わらない様子で私を見据えていた。