与えられた部屋から外に出たのは、お手洗いやお風呂を借りるときだけだった。それもすぐ近くにあったため、こうして建物内を見るのは初めてになる。
 和風の建築物のようで、洋室はいっさいないという。廊下ぞいに引き戸の部屋がいくつも続き、何回か角を曲がったところでイチさんが足を止めた。

「こちらが佳月様のお部屋ですよ」

 私のいる六畳間よりはわずかに広そうだが、外から見る限り、特段ほかの部屋と変わった様子はない。

「佳月様、少々よろしいでしょうか」

 ノックをしながら、イチさんが中に声をかける。物音はいっさい聞こえず、果たして部屋にいるのだろうかと思っていたところ、「なんだ」と返事があった。

 少し低い凛としたそれは、大声でもないのに遠くまで届きそうなとても澄んだ声音をしている。そういえば性別を聞いていなかったが、イチさんが〝押しかけ女房ならぬ〟というような発言をしていた通り、佳月様は男性のようだ。

「失礼しますね」

 引き戸を開けると、イチさんが「ほらほら」と私を前に押し出した。

「し、失礼します」

 緊張に震えながら、ゆっくりと足を踏み入れる。それから、足もとに落としていた視線をゆっくりと上げていった。

 どうやら佳月様は机に向かっていたようで、入って左手側に座っていた。その人離れした美しい姿に、ひゅっと息を吞む。

 綺麗な白銀色の髪はかなり長いようで、こちらからは見えないが、背後でひとつに結んでいるらしい。座った姿勢でも、高身長なのがうかがえた。光沢のある白い着物をまとっているが、凛としたたたずまいの彼によく似合っている。
 色白な肌は少しの荒れもなく滑らかで、薄い唇はまっすぐに引き結ばれている。切れ長で涼しげな目は男性らしさを感じさせるが、その瞳は見慣れぬ金色をしており、彼が人ではないことを告げている。

 そうであっても、初めてイチさんと顔を合わせた時同様に、人外の存在に対する恐怖心はない。それよりも、私に向ける視線がずいぶん冷淡なことにたじろいで、ぎゅっと手をきつく握った。

「まあまあ、佳月様。そのような怖いお顔をされてはいけませんよ。ええ、ええ。私は佳月様のお気持ちがわかっておりますからね。ですが、綾目様は初めてお会いになりますでしょ? それでは怯えてしまいますよ」

 緊迫した空気を壊してくれたのは、半歩後ろに立つイチさんだった。

「ほらほら、綾目様。怖いお顔はいつものことなので、気になさらないでくださいね」
「イチ」

 彼女のあまりの言いように、佳月様が咎めるような声を出す。

「いやですわねぇ、佳月様。私はなにも悪いことをしておりませんよ」

 主従関係にあるとはいえ、長い付き合いのせいか、佳月様に対してイチさんがへりくだる様子はない。〝神〟と呼ばれる存在に、そこまで気安い態度を取っていいのかと不安になるほどだが、どうやらふたりの間ではいつものことらしい。