ぽかぽかとした日差しとふわふわな白毛の手触りに、眠気を誘われる。だめだと思いつつ、次第に意識を手放していった。
「……ぅん……」
しばらくして目が覚めたが、無理な姿勢が祟って背中が痛い。
一時間ほど眠っていただろうか。目の前に見える空は、すっかり夕焼け色に染まっていた。
イチさんによると、ここは現世と時間の流れが異なるという。そこに佳月様が手を加えて、現世と同じ一日二十四時間の流れを風景と共に再現している。
ハッとして自身を見下ろすと、足もとにいたはずの兎はすでに姿を消しており、いつの間にかひざ掛けがかけられていた。
「イチさんかしら?」
もうお使いから返ってきたのだろうか。そろりと体を起こしてひざ掛けを手にすると、ふんわりと心地よい香を感じた。はしたないが、鼻に近づけて息を吸い込む。
「いい香」
派手さのないその匂いは、ちょうど庭に咲く素朴な花を連想させる優しいものだ。
イチから香水の匂いがしたことはないし、ここでは洗濯も必要ないというから、洗剤の香りでもないだろう。それなら、お香やポプリのようなものだろうかと想像しながら、借り物のひざ掛けを丁寧に畳んでおく。
「綾目様、よろしいですか?」
しばらくして聞こえてきた声に、「はい」と返す。
「失礼しますね。ええ、ええ。そのまま楽にしていてくださいね」
立ち上がって迎え入れようとした私を、イチさんは優しく制した。
「これ、庭のみかんなんですよ」
振り返って、庭の端に視線を向ける。
「たわわに実っておりましたからね。綾目様も、気になっておられたでしょ?」
「はい」
差し出されたみかんを、両手で受け取った。私の拳よりひと回り小さなそれをそっと握ったところ、実の甘さを連想させるような柔らかさに自然と口角が上がる。
「ありがとうございます。あっ、そうだ。イチさん、これもありがとうございました。私、すっかり寝入ってしまったようで」
ひざ掛けを思い出して、慌てて手に取った。
「そちらは、私ではありませんね。ええ、ええ。佳月様のものです」
「え?」
私が寝ている間に、ここへやってきたのだろうか?
「庭で、散歩でもされていたのでしょうね。寝ている綾目様に気づいて、かけてくださったんでしょう。そうだ、綾目様。これから私と一緒に、佳月様にお礼を言いに行きましょうか」
心の準備もないまま会いに行くのは、怖気づいてしまいそうだ。けれど、世話になっておきながら挨拶もしていないままでいいわけがない。それに、イチさんもついてきてくれるというのなら心強い。
「よろしくお願いします」
私の返事に、イチさんは糸目をさらに細めて嬉しそうに微笑んだ。
「……ぅん……」
しばらくして目が覚めたが、無理な姿勢が祟って背中が痛い。
一時間ほど眠っていただろうか。目の前に見える空は、すっかり夕焼け色に染まっていた。
イチさんによると、ここは現世と時間の流れが異なるという。そこに佳月様が手を加えて、現世と同じ一日二十四時間の流れを風景と共に再現している。
ハッとして自身を見下ろすと、足もとにいたはずの兎はすでに姿を消しており、いつの間にかひざ掛けがかけられていた。
「イチさんかしら?」
もうお使いから返ってきたのだろうか。そろりと体を起こしてひざ掛けを手にすると、ふんわりと心地よい香を感じた。はしたないが、鼻に近づけて息を吸い込む。
「いい香」
派手さのないその匂いは、ちょうど庭に咲く素朴な花を連想させる優しいものだ。
イチから香水の匂いがしたことはないし、ここでは洗濯も必要ないというから、洗剤の香りでもないだろう。それなら、お香やポプリのようなものだろうかと想像しながら、借り物のひざ掛けを丁寧に畳んでおく。
「綾目様、よろしいですか?」
しばらくして聞こえてきた声に、「はい」と返す。
「失礼しますね。ええ、ええ。そのまま楽にしていてくださいね」
立ち上がって迎え入れようとした私を、イチさんは優しく制した。
「これ、庭のみかんなんですよ」
振り返って、庭の端に視線を向ける。
「たわわに実っておりましたからね。綾目様も、気になっておられたでしょ?」
「はい」
差し出されたみかんを、両手で受け取った。私の拳よりひと回り小さなそれをそっと握ったところ、実の甘さを連想させるような柔らかさに自然と口角が上がる。
「ありがとうございます。あっ、そうだ。イチさん、これもありがとうございました。私、すっかり寝入ってしまったようで」
ひざ掛けを思い出して、慌てて手に取った。
「そちらは、私ではありませんね。ええ、ええ。佳月様のものです」
「え?」
私が寝ている間に、ここへやってきたのだろうか?
「庭で、散歩でもされていたのでしょうね。寝ている綾目様に気づいて、かけてくださったんでしょう。そうだ、綾目様。これから私と一緒に、佳月様にお礼を言いに行きましょうか」
心の準備もないまま会いに行くのは、怖気づいてしまいそうだ。けれど、世話になっておきながら挨拶もしていないままでいいわけがない。それに、イチさんもついてきてくれるというのなら心強い。
「よろしくお願いします」
私の返事に、イチさんは糸目をさらに細めて嬉しそうに微笑んだ。