「かわいい」
「ええ、ええ。そうですね」
「野生じゃないんですか?」

 これほど人懐っこいのだから、ここで飼われているのだろうか?

「ここに来る動物らは、私のように下沢村で暮らしていた者たちなんですよ」
「え?」

 そうだとしたら、その辿った運命はイチさんと同様なのだろうか。

「これは以前、龍神様に生贄として捧げられた者です」
「いけ、にえ?」

 自分と同じ立場だった兎に、ズキリと胸が痛む。私は生きたまま社殿に入れられただけだが、動物ならば命を奪われた状態だったかもしれない。

「賢い綾目様のこと。その想像は、間違いなさそうですね。ええ、ええ。そうに違いありません」

 私の顔をのぞき込んでそう言ったイチさんは、少し寂しそうな顔をしてうなずいた。

「小さな動物らは、命を奪われて奉納されておりました。ですが、佳月様はそんなことを微塵も望んでおられません。求めるのは、純粋な信仰心だけですから」

 まだ見ぬ佳月様は、もしかして今のイチさんと同じように、動物らの死に心を痛めていたのかもしれない。

「ええ、ええ。人間は知らないので仕方がなかったのです。お供えされたものは、すべて私が佳月様のもとへお届けしているのですが、亡骸を見るたびに佳月様は悲しんでおられました」

 瞼を伏せたイチさんを見つめる。それからもう一度視線を兎に移す。すっかり気を許してくれたのか、私の足に登って座り込んでしまった。

「完全に絶命したものを救うのは、いかに佳月様といえども不可能です。ですが、どうにも放っておけなかったのでしょう。望む者には生前と同じ実体を与え、ここで自由に暮らしてよいと許可なさいました」

「それは……佳月様は、ずいぶん苦しかったでしょうね」
「ええ、ええ。佳月様は優しいお方なんです。さてさて、長話になってしまいましたね。私はこの後お使いがありますので、綾目様はどうぞ、お部屋でゆっくりお過ごしくださいね」

「教えてくださって、ありがとうございました」

 イチさんが部屋を後にしたとも、兎はずっと私のもとに居続けた。じんわり感じる仄かな温もりが心地よくて、ずっとこうしていたくなる。ただ、同じ姿勢を保つのは少々苦しくて、驚かせないように少しずつ体をずらしていく。そうして、なんとか柱にもたれることに成功した。