「眷属って、どういう存在なのですか?」

「そうでした、そうでした。人間であられる綾目様には、理解の及ばぬものでしたね。簡単に言えば、眷属とは神に仕えるものです。佳月様は必要ないと言われるんですけど、それでは私の気がすまなくてですね。ええ、ええ。それ以来、ここで佳月様のお世話をしながら暮らしているんですよ」

「つまり、奥様、のようなものですか?」

 なにげなく発した質問に、イチさんはその糸目を最大限に見開いた。

「いえいえ。いえいえいえ。大きく違っております」

 全力で否定された驚きに、目を瞬かせる。

「佳月様にとっての伴侶は、未だおりません。ええ、ええ。私はそろそろ迎えてもいいと思っているんですがね」

 力説しながら意味深な流し目を送られても、そのあたりの事情はまったくわからず、困ってしまう。

「私は、この宮の手入れをして、気が向けばお食事を用意するなど、自由にやらせていただいております」
「つまり、イチさんにとって佳月様は命の恩人で、仕えるべき主、なんですね」
「その通りでございます! さすが綾目様。賢くていらっしゃる」

 手放しで褒めるイチさんに、どうとでも取れる曖昧な笑みを浮かべて、この場をやり過ごした。

「あれ? イチさん、あれって兎じゃないですか?」

 ふと顔を上げたところ、草むらに一羽の白兎が入り込んでいるのを見つけた。時折顔を上げて、くりくりとした赤い目で様子をうかがっている。ひくひくせわしなく動く鼻が、なんともかわいらしい。

「あら、本当ですねぇ。時折、ああしてこの庭に遊びに来るものがいるんですよ」
「へえ、かわいいですね」

 うんうんとうなずくイチさんは、なにを思ったのか兎に向かって「ほれ」と呼びかけた。顔を上げた兎は、彼女の呼びかけを理解したかのように、こちらに向かってぴょんぴょんと跳ねてくる。

「懐いているんですか?」

 兎はそんな躾ができるのかと尋ねれば、「少し違いますねぇ」と否定された。

 近づいてきた兎は、最後に大きく飛び跳ねて部屋の中に上がってきた。イチさんがそれを許しているのなら、止める必要はないのだろう。

 そのまま私に顔を寄せて匂いを嗅いでくる。驚かせないように気をつけながら指を差し出せば、兎の方からもさらに距離を縮めてきた。
 微かに鼻を触れさせながら、私というよそ者を確認していく様を見つめる。
 
 指に頬を擦りつける姿に、受け入れられたようだと緊張を解く。気をよくして、そのままそっと顎を掻いてやれば、気持ちよさそうに目を閉じてその身を預けてきた。