「私、あの場所が大好きで、生前は頻繁に遊びに行ったものです。ちょっと持ち帰りすぎたご飯を、人間を真似てお供えしたりなんかして。きっと、最期はあの神社で迎えたいと、本能で思ったんでしょうねぇ。人目につかない場所に来ると、体の力が抜けてしまってですねぇ。こう、どさりと横たわったら、もう二度と起き上がれないような具合で。ここまでかと、観念して目を閉じたんです」

 変わらずイチさんはにこにこと話し続けているが、思い浮かべた惨状に聞いているこちらは辛くなる。

「目が覚めたら、ここに連れられてきていたんですよ。そこで、初めて佳月様にお会いしまして。ええ、ええ。佳月様は、哀れな狐を助けてくださったんです。とはいってもですね、私の命はすでに尽きかけておりました。そこで佳月様は、ご自身の力で私の体をこう作り変えてしまわれたんです」

 イチさんの命を救うには、狐ならざるものにする必要があったらしい。そこまでして佳月様は、イチさんを助けたかったのだろう。

「あの頃は、佳月様が現世に及ぼす力はまだまだ大きくてですねぇ。意識を取り戻した私に、佳月様は『好きに生きるがいい』と言うんですよ」

「優し……」
「ひどいと思いませんか!」

〝優しい人だ〟と言いかけた私を遮って、イチさんが全身で訴えてくる。もしかして、そのまま死なせてほしいとでも思っていたのだろうか。

「助けてくださったのは、本当に感謝しているんですよ。ええ、ええ。それはもう本当に。ですけど、見返りを求めるでもなく、好きにしていいだなんて、まるで見放すようではないですか!」
「はあ」

 力説するイチさんに少々押されながら、その心情を考える。
 たしかに、普通の狐とは違う体になってしまえば、どう暮らしていけばいいのか混乱しそうだ。

「それでですね。ええ、ええ。私、考えたんですよ。佳月様の役に立ちたいと」

 その気持ちはまさしく私が今、佳月様とイチさんに抱いている感情と同じだ。

「佳月様は、必要ないとつれないことをおっしゃるんですがね。ええ、ええ。ですから私、押しかけ女房ならぬ、押しかけ眷属になりましたの」

 押しかけというからには、無理やりここに居座ったのだろう。