生贄として社殿に置いていかれ、あまりの寒さに凍え死ぬのではないかと本気で不安になった。同時に、このまま死ねれば、両親のもとへ行けると小さな期待を抱いてしまった。

 行く先々で、疎まれ続けるのは辛すぎる。勝吾や昭人にいやらしい目を向けられるのも、怖くて仕方がない。このままあの家にいれば、いつかは取り返しのつかない目に遭うのではないかと本気で心配していた。

 早く大人になりたい。自力で生きていける力がほしい。そんな強い思いは、生贄としてあの暗く寒い空間にいるうちに霧散した。
 ただただ楽になりたいと願う自分を、ここまで耐えてきたのだからそれも許されるはずだと自身で許容した。
 
 目が覚めたとき、心地よい温かさにようやく解放されたのだと思ったが、なにかがおかしい。

 声をかけてきたのは狐の耳と尻尾を持つ者で、人間ではないとすぐさま悟った。あの世にしては様子がおかしくて、戸惑いが隠せない。

 イチと名乗った狐の眷属の、前のめりな勢いには驚きを隠せなかったが、それでも不思議と恐怖は感じない。

 時間の流れを意識させるものがないせいか、おかしなことばかりなのに、心は平穏を保てている。

 イチさんの勧めで、龍神様の宮に留め置いてもらえるのはありがたいが、肝心の佳月様がどう思っているかまではよくわからない。

「イチさんと佳月様って、どういう間柄なんでしょうか?」

 目覚めて二日目。体調は問題なく、早くも時間を持て余している。話し相手に部屋へ訪れたイチさんに、たくさんの質問を投げかけた。

「そうですねぇ」

 ピクピクと狐耳が反応する。彼女は人間と狐を掛け合わせたような顔立ちをしており、糸のように細い目と赤く小さな唇が特徴的だ。肌は文字通り白く、顔の輪郭は狐のそれを彷彿とさせる。

 おしゃべりが好きなようで、少し尋ねるとおもしろいほどポンポンと言葉が返ってくる。その勢いにはまだ慣れないが、悪い人でないとすぐにわかった。

「長くなりますが、お聞きになりますか?」

 話したくて仕方がないという気持ちが、彼女の全身から漏れ出ている。

「ぜひ、お願いします」

 イチさんは庭に面した障子を開けると、座布団を二枚用意して座るように促した。
 まだ、自分の部屋とこの庭しか見せてもらっていないが、この宮はどんな造りになっているのだろうか。私にあてがわれているのは、六畳ほどのこじんまりとした和室だが、余分なものはいっさいなく穏やかな気持ちでいられる。

「失礼します」

 そうことわりながら、イチの左隣に腰を下ろした。