「佳月様も、綾目様の滞在に許可をくださいました。ええ、ええ。食事もなにも心配はいりませんよ。どうとでもなりますから」
「はあ」

 おそらく彼女は、こちらの親切心を遠慮するだろう。もしくは、引け目に感じるかもしれない。

「なにも心配はいりませんよ。下沢村に来て以来、綾目様は龍神の祀られた神社を頻繁に参ってくださいました。私はそれに、どれほど救われたことか」

 なぜそれを知っているのかと視線が問いかけてくるが、すぐになにかを納得したようにひとつうなずいた。

「佳月様は、こう、少々気難しいところのある方ですが。ええ、ええ。本当は、とても優しいお方なんですよ。毎日やってくる綾目様を、密かに気にかけておられました」

 視線の揺らぎは、心の迷いの表れだ。どうしたって梶原家には戻りたくないのだろう。

「なにも迷惑などございません。私と佳月様のふたりだけの暮らしは平穏ですが、こう、何百年も続くと多少の刺激がほしくなると言いますかね。ええ、ええ。決して不満があるとかではないんですよ」
「刺激、ですか?」

 こてんと首を傾げる様は、なんともかわいらしい。

「はい、そうでございます。時代の流れと共に、下沢村の人間は龍神の存在を忘れてしまいました。それはもう、佳月様は寂しい思いをされ、少々捻くれ……うぉっほん。卑屈になっておられまして。ええ、ええ。決して本心ではないんですよ。綾目様のように心優しい方が傍にいれば、それも少しは癒されるかと思いまして」

「優しいかどうかはよくわりませんが、私なんかで、お役に立てるのでしょうか?」

〝無理です〟と即答してこなかったのは、こちらの言い分に心を預けつつあるからだ。

「ええ、ええ。綾目様は、ご自身が考える以上に貴重な存在なんですよ。まあ、長年辛い思いをされてきた佳月様なので、今となってはご自身の気持ちを素直に伝えられないでしょうが。それでも、綾目様をここに置いてもいいと言ってくださっていますからね」

「そう、ですか」

 再び黙ってしまった綾目様を、じっと見つめた。にこやかな表情の裏で、どうか決断してくれるように祈り続けている。

「私」
「はい」

 わずかにしゃんとした様子に答えを確信して、期待に反応が早くなる。それをごまかすように、にこりと笑いかけた。

「両親を事故で突然亡くして、それで、いろいろな親戚のお世話になって」
「まあ、それはお辛かったですね」

 口にはしなかったが、そのあたりの事情はほぼ把握している。

「私の存在は、どこへ行っても迷惑になっているとわかっているんです。でも、それが辛くて……。生贄に選ばれて極寒の中において行かれたとき、あわよくば、このまま両親のもとへいけたらと考えてしまいました」

「そうでしょう、そうでしょう。そんなふうに思ってしまう気持ちは、ええ、ええ、私にもよくわかりますとも」

「でも、こうしてイチさんに助けていただいて、この部屋の暖かさになんだか心が救われました」

 満足していいただけのならなによりで、ますます笑みが深まる。