「――つ、つまり、私はあのまま社殿で死にかけていて、それを、えっと、狐の眷属であるイチさんが助けてくれたと」
「そうです、そうです」

 怖がらせないように、笑顔は絶やさない。

「それで、ここはあの神社に祀られていた、龍神である佳月様の暮らす屋敷……で、あっていますか?」
「大正解でございます!」

「死んだわけじゃないんだ」とぽつりとこぼした綾目様の表情は、少し残念そうだ。

「綾目様は……」
「あの」

 同時に声をあげてしまい、どうぞと彼女に譲る。

「その、〝綾目様〟って呼ばれるのは、なんだか落ち着かないというか」
「ええ、ええ。そうかもしれませんね。ですが、私にとってあなた様はそう呼ぶべき相手なのですよ。気にせず、ええ、それはもういっさいなにも感じず、聞き流しておいてくださいませ」

 興奮のあまり前のめりになると、綾目様はわずかに身を引いた。

「わ、わかり、ました。それで、これから私はどうなるんでしょうか?」

 そこのところが気になるのは、もっともな話だ。

 両親を亡くして以降、彼女はいつだって不安を抱えていた。自分はここにいていいのか。どれほど迷惑をかけているのか。梶原家に滞在中も、そんなふうにずっと気を張り続けていた。

「綾目様は、現世に戻りたいですか?」

 帰すつもりは微塵もないが、ここに残ると本人の意思で決断してもらいたい。

「現世?」
「ああ、人間界のことですよ。それに対してここは、神々の領域。常世でございます」
「常世」

 ぽつりとつぶやいたまま、すっかり黙り込んでしまった。時間はたっぷりのあるのだから、ここで焦りはしない。

「その」
「はい、なんでございましょう」

 いけない。また身を引いた彼女を見る限り、どうしても勢いづいて前のめりになっていたようだ。

「私、行く当てがないんです。いえ、正確にはあるのですが、その、居心地がよくなくて」

 寂しそうに目を伏せる綾目様を見ていると、胸がしめつけられる。心優しい彼女が、どうしてこんな思いをしなければならないのか。その理不尽さにやりきれない。

「いいえ、いいえ。綾目様さえ望んでくださるのなら、この宮に滞在していただいてかまいませんよ。ええ、ええ。それはもう、いつまでも、永遠に」
「え、永遠?」

 少々先走ってしまったようで、綾目様が戸惑っている。こほんと咳払いをして、すっと姿勢を正した。