「現世に戻っても、彼女、もう行き場なんてないんですよ。ええ、ええ。おかわいそうな身なんです。生贄を差し出したところで、雨は降らないじゃないですかぁ。そうなると、綾目様は役立たずって、ますます虐げられるでしょうね」

 これからも日照りが続くとわかるのは、来年になってからだ。それが判明するまでは綾目様の身も安泰かと言ったら、そうでもない。

 綾目様の預けられている梶原家の男は、いつも彼女の体を狙っている。かろうじてまだ手は出されていないものの、言動はどんどんエスカレートしているのは確認済みだ。もはや、時間の問題だろう。

「佳月様を毎日気にかけてくれた綾目様が、むごい目に遭うのは許せません」

 糸目が潤んだのは、決して演技ではない。綾目様の境遇は、あまりにもかわいそうすぎた。

 今回、生贄になると素直に従ったことで、下劣な男どもには、彼女は絶対に逆らわないと印象づけたに違いない。おまけに、生贄として過酷な役割を全うしてしまえば、なにをしても耐えられると都合よく捉えられてしまう。男どもだけでなく、あの意地悪な母娘もこれからどんどん彼女を虐げるに違いない。

「イチはなにがしたいんだ?」

 厳しい口調を保っているが、こちらを非難する気配は薄れている。

「綾目様には、ずっとここにいてほしいです」

 若干前のめりになりながら、全身で訴える。いくら好きにしてよいと言われていても、彼女をここでかくまうとなれば、さすがに佳月様の許しが必要だ。

「心優しい綾目様が、理不尽な目に遭うなんて許せないんですよ。ええ、ええ。手を貸すのは、もちろん彼女が望めばですが」

 本当はさらに踏み込んだ野望もある。が、今それを打ち明けるのは尚早だ。

 瞼を伏せた佳月様を、じっと見つめる。
 このお方には、人間たちが自分に関心をなくしていった悲しみが大きく居座っている。すべてをあきらめ、村人たちを見限ったような振舞をするのは、自身の心を守るためだ。これ以上、彼らを嫌いにならないように。そして、再び自分が傷つかないようにと。

 沈黙は続くが、焦りは感じない。

「……はあ。お前は言い出したら聞かないからな」

 思い通りになりそうだと、心の内でニンマリとする。すべてを私のせいにすることで佳月様の心の平穏が保たれるのなら、いくらだってそうしてくれてかまわない。

「好きにするがいい。ただし、私は関与しないぞ」
「ありがとうございます!」

 言質は取ったと、今度こそ表情に出してニンマリとする。そんな私に、佳月様はもう一度盛大なため息をついた。