「……放っておけ」

 答えるまでに有したわずかな時間は、佳月様の迷いなのだろう。

 現世(うつしよ)では今年一番の冷え込みになるというのに、なんの用意もないまま薄着で放置されれば命の危険もあり得る。佳月様だって、それがわかっているのだ。
 いくら冷淡を装い続けてみせても、根本にある優しさまでは失われていないのはわかっている。

「ええ、ええ。佳月様のお怒りは、私もよおくわかっております。ですが、死んじゃいますよ、彼女。いつもお参りしてくれる、優しい子なのに……」

 信仰心が薄れた中、それでも佳月様が存在していられるのは、毎日お参りするふたりの存在が大きい。彼女らの心すら失ってしまえば、佳月様は存在そのものが消滅してしまう。

 主を慕う自分としては、どうしてもそれだけは許せない。手段は選んでいられず、生贄があの少女だと明かして情に訴えた。佳月様も彼女の存在を知っており、表情には出さないが気にかけているのを知っている。

「……私は関与しない」

 それはつまり、好きにしろと言われたと同義。嬉しさに、思わず耳と尻尾がピンと張る。

「ありがとうございます! ええ、ええ。佳月様ならそう言われると、私はわかっておりましたよ。」

 許可が出たのなら、こうしてはいられない。素早く踵を返すと、背後から「礼を言われるようなことなどしていない」と不機嫌な声が聞こえてきたが、かまっていられない。少女が放置されて数時間が経っており、一刻を争う事態だ。

 人間の住む現世に通じる横坑を抜けてたどり着いたのは、社殿の棚の中だ。扉を開けて室内に舞い降りた。
 明るさを必要としない目は、すぐさま少女を見つけた。その顔はすっかり白くなり、目はすっかり閉じられている。
 慌てて近づいたところ、なんとか息はあるようだとわかってほっとする。しかし、ゆっくりもしていられない。

「お嬢さん、お嬢さん」

 肩を軽く揺さぶったが、目を覚ます気配はない。そっと触れた手はすっかり冷え切っており、色は紫がかっている。

「ちょっと失礼しますよ」

 眷属となって以来、性別というものはなくなった。便宜上、ただの狐のときの状態に寄せて女性らしく見せている。同性ならば、少女に触れても許されるだろう。腕を彼女の首と膝裏に差し入れて、そっと抱き上げた。