神々が人間界に及ぼす力は、人々の信仰心に左右される。かつては強大な力を誇っていた佳月様も、村人との距離が広がるにつれ次第に力を失っていった。

 人々の心が離れていくのを、佳月様は寂しい気持ちで見つめてきた。目を背けたくとも、この地を守る神として離れることも許されない。それは、拷問のような時間なのだろう。今もなお、佳月様は苦しみ続けている。

 佳月様の表情からは笑みが消え、金色の瞳はいつも悲しみをたたえていた。だが、それはまだましだったのだと、後から理解する。
 いつしか佳月様はそれらの感情すらなくし、無関心を装って冷たい態度を貫くようになってしまった。

「それが、佳月様。以前のように鶏や兎ではなく、若い娘を差し出そうと考えているみたいですよ」

 先日のぞき見した寄合の様子を思い出しながら、嫌悪感から険しい表情になる。とはいえ、狐らしい糸目のすまし顔は、自分が思っているほど大きな変化はないかもしれない。

 姿こそ人の形を取っている自分だが、耳と尻尾は健在だ。顔も人間のそれとは少々違い、どこか狐らしさを残している。

「なにを考えているんだか」

 呆れた口調の佳月様に、激しく同意する。

 佳月様が望むのは、ただ自分の存在を忘れず、たまに神社を参ってほしいというだけだ。
 残念なことに、ここのところ神社を訪れるのは、朝早くにくる初老の女性と、夕方にやってくる少女くらいしかいない。

「それがですね、佳月様。どうやら本気で実行するようなんです。ええ、ええ。私、たしかに聞きました。しかも、今夜ですよ!」

 実際に準備をしている場ものぞいてきたのだから、間違いない。人々の暮らす現世から目を背ける佳月様に代わって、状況を見てくるのも私の仕事だ。

「……詳しく話せ」

 迷いを見せた佳月様だったが、どうやら関心を持ってくれたようで、ほっとする。

「村人らが、ここ数年続く水不足を不安視しているのはご存じですよね? ええ、ええ。私は佳月様を責めているわけじゃないんですよ」
「ああ」

 佳月様がうなずくのを見て、続ける。

「先日は神社の清掃をしていたじゃないですか? でも、それだけでは雨は降らないからって、違う手段を探っていたんですよ」
「今さらだな」

 本当にそうだと同意する。

「それで、大昔に生贄を捧げていたと知って、実行することに決めたんですって。ええ、ええ。本当に今さらですこと」

 佳月様の表情が、どんどん険しくなっていく。

「決行は今夜なんですよ。なんと、なんと。先ほどから、選ばれた少女の準備が進められているんです」

 哀れな少女に、胸が痛む。

「今夜は雪が降るというのに、なんだかひらひらとした薄い着物を一枚だけ着せて、神社に放置するようなんです」

 そんなことをしても意味はないというのに、なにも知らない人間はいつだって愚かな振舞ばかりする。本当に必要なのは心からの信仰心とその継続だと、いつになったら気づいてくれるだろうか。