「ちょうどいい時間ね。そろそろ行きましょうか」

 和子さんの声を合図に、外に出た。上着を着ているとはいえ、その下は薄い白装束のみだ。こんなことなら、せめて丈の長いコートを着てこればよかったが、今さらもう遅い。

 雪はまだ降っていないが、あまりの寒さに両腕を体に巻きつける。目的地までは徒歩で五分ほどだが、足は指の先まで冷え切っており、少しの距離でも歩くのがなかなか辛い。

 ようやく見えてきたいつもの雑木林の奥には、火がたかれているのかずいぶんと明るい。

 神社には、昭三をはじめたくさんの人が集まっていた。もちろん勝吾の姿もあったが、昭人と公佳は見当たらない。
 自分の家から生贄を出したせいか、勝吾は人の輪の中心にいた。芳子は名誉なことだと私に言っていたが、仲間内で大きな顔をしたかったのが私を差し出した理由だろう。

「おお、来たか」

 厚い服を幾重にも着込んだ昭三が、にこやかに近づいてくる。

「ほら、上着を脱ぎなさい」

 背後から芳子に背を小突かれて、慌てて白装束一枚になる。あまりの寒さに、歯がカチカチと鳴ってしまう。

「いいな」

 服装の確認をして満足そうに頷いた昭三は、背後を振り返って静かにするように声をかけた。

「――日照り続きの日々じゃったが、今夜の儀式できっと願いは叶えられるじゃろう」

 そんな言葉で挨拶を締めくくると、賛同するように拍手が起こる。

「綾目といったな?」
「は、はい」

 寒さに声すらまともに出ないが、それを気遣ってくれる人は誰ひとりいない。群集心理とでもいうのか、すっかり〝儀式〟という雰囲気に呑み込まれているようだ。

 神社の掃除こそすれど、その後お参りも十分にしてこなかった人たちが、どうして今ばかりはこれほど熱狂的になれるのか不思議で仕方がない。

「今晩はそのまま、社殿の中で過ごしてもらう。わしらは、明日の朝もう一度ここに集まるからな。それまで一歩も出るでないぞ」
「わ、かり、ました」

 世話をしてくれた女性らに促されて、社殿の中へ足を踏み入れる。チラリと振り返ると、集まった人々は興味津々な様子でこちらを見ていた。